バベる 弓削 空の場合④
「さてと」
彼女の。あっ。元彼女の右手を優しく握った俺はコンテンポラリー?っていうのか?ダンスを踊る。ダンスなんて踊った事も習った事も無いけど。元彼女の右手を繋ぐといてもたってもいられなくなって踊ってしまうんだ。高揚感。そうだね。高揚感。元彼女が好きだった曲を頭の中で流しながら。母親に気付かれない様に静かにでも激しく。これが俺の儀式なんだ。右手をどうしたかって?そうだよ?切り落とした。彼女はどうしたのかって?そうだよ?
「殺した」んだよ?
俺さ。元彼女の事大好きだったんだよね。肩くらいまでの髪は風になびいて優しい匂いがしたし。おっとりした性格からかゆっくり時間の流れる感じがしたし。芯がしっかりしていて言いたい事はハッキリ言っていたし。
でもさ。
彼女になっても夫婦になっても他人は他人だから。一つの人にはなれないから。永遠にいられるワケではないから。だから殺したんだよ。殺して俺のモノになったとは思わないけど。間違いなくどんなカップルや夫婦もそうそう辿り着けない特別に辿り着いたんだよ。彼女は俺に俺は彼女に経験をくれて経験をあげられたんだから。
生きていれば必ず代償を払いながら生きていく事になるだろう。何かをすれば何かを払いながら生きていくんだろう。俺は殺した。彼女は殺された。彼女は命を差し出した。俺は奪った。奪ったからには代償を払わなきゃ。一生をかけて愛していくって。一生だからね。元彼女も命奪われた甲斐があったと思う。だって
ずっと一緒にいたい
って言ってくれていたし。でももちろん寂しい。もうあの髪に触れる事も出来ないし。あの匂いを感じる事も出来ないし。ましてや暖かさなんて感じる事も出来ないし。でも永遠を手に入れた代償だと思えば我慢は出来る。手以外の場所も残しておきたかったけどさすがに無理だったから。手以外の場所は見つからない様に隠したつもりだったけど高校生野浅知恵じゃ無理だったのかな。結局見つかってしまった。でも証拠は何も残さなかったおかけで元彼氏という事で事情聴取は受けたけどまんまと逃げられた。自分でまんまとと言うのもオカシイけど。よく息をする様に嘘をつく
って言うけど。俺に言わせたら息をする様になんて甘々の甘だね。息は止める事も出来る。意識してしている行動だから。俺は心臓が鼓動を止めない様に自分ではどうしようもなく嘘をつく。つこうとしてとかでなく。反射というかもう嘘の鎧をガチガチに着込んでさらに嘘で装備を整えた状態とでも言えば良いのかな。俺は俺が異常な事も十分解っている。でもこれも個性っていう便利な言葉で片付けられる範疇だと思う。多様性だとか個性を尊重するのならコレも受け入れる皿が用意されていないのはオカシイだろ?臭いものに蓋をするのを躊躇って受け入れられそうなモノだけ発酵したって事で世に受け入れさせるのは不平等で不寛容だろ。人に迷惑がかかるからダメ?多様性と個性なんて他人からしたら迷惑以外の何ものでもない。自分で鎧を着られない奴の言い訳だろ。嘘って装備じゃ誇れないのかもしれないが俺に与えられた技能がコレな以上精一杯使うまでだ。
はぁ。疲れた。踊り慣れて無いせいか元彼女とのダンスに高揚したからなのか。何だか疲れた。
でもまだ儀式の途中だ。仕上げは月明かりの中元彼女との会話だ。部屋の学習机の椅子に座った。学習机の前には日当たりを考慮して大きく窓が取ってある。この時間は月明かりが入って来てこの場所なら読書が出来る位明るいんだ。
「なぁ。聞いてよ。今日蔵木とラーメン行ってさ。もう絵に描いた様な汚い店。床とか超ベタベタなの!でも味はめちゃくちゃ良くって。今度また一緒に行きたいな」
もちろん答えてくれるハズは無い。だって手だし。そうだろう?でも元彼女を殺してから聞こえる様になった?もしくは幻聴なのか分からないが話しかけると聞こえるんだよ。でも毎回同じ。暗い声で
「なんでなの。なんでなのよ」
って。でも元彼女には俺の愛情が伝わってるからイジワルで同じ事しか言わないんだろうな。
「あっ。でも汚い店よりキレイな店の方が良いか。よく行ってたあのパスタの美味しかったトコにするか」
最近一緒に連れ出してあげられてないからスネてるのかもしれない。明日は学校に一緒に行きたいな。さすがに学校はマズイか。明日はあのパスタのお店に連れて行く事にしよう。
そうと決まれば早く寝なくちゃな。一緒に寝たいけど母親に見つかったらせっかく誓った永遠が台無しになるかもしれない。
軽く手にキスをした。きめ細かい元彼女の手に。名残惜しいけどクローゼットの靴の空箱の中へ。消臭剤を大量に入れてあるけど少し臭う様になって来たみたいだ。何とかしなくちゃな。最悪の場合手元に骨だけ残すのもアリか。俺の血肉として永遠を守るのも悪くはない。
そんなプランを考えながら優しく元彼女の手を靴箱にそっと置いた。あっ。忘れてた。もう一度手を掴まえてキスをする。心なしかさっきより温かい気がした。今度こそ今日はお別れだ。もう一度手を置きなおし靴箱の蓋を閉じた。まだクローゼットの中まで臭うワケでは無いようだ。
「さてと」
俺はクローゼットを閉じながら呟く。
「おやすみ。また明日ね」
クローゼットが閉じる瞬間。そう思う。確かに聞こえた。
「なんでなの。なんでなのよ」
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