バベる 新屋 喜奈の場合 ③
お目当てのカフェ。トライデント。
エレベーターの扉が開くとすぐに店内になっている。赤い絨毯がひかれていてカフェというより喫茶店の趣きだ。
コーヒーの香りに混じって少しタバコの香りがする。世の中の人が言うほどあたしはこの香りが嫌いじゃない。大人の香りって感じがするしそれなりにタバコの香りがする人は素敵だと思う。
「いらっしゃいませ。どちらの席でもどうぞ」
落ち着いた雰囲気のマスターが声をかけてきた。
短く刈りあげたボウズまでいかないショートヘア。口髭にはちらちらと白色が混ざっている。赤と白のチェックのシャツにデニム。シンプルな白のスニーカー。高校生のわたしからしたらTHE大人の男って感じがする。
「マスターかっこいい!大人!」
由奈が恥ずかしげもなく声をかける。
「ありがとう。お嬢さん達は高校生で良いのかな?」
マスターは少しはにかみながら落ち着いて対応した。
それととマスターは続けた。
「もしバベル割使うなら学生証見せてくれたら大丈夫だよ」
その言葉に促されて三人ともカバンをゴソゴソと探り始める。
「ほいっ!」
「お願いします」
わたしも見せようとした時。
カウンターの後ろにかかっている札の様なモノが目に入る。
食品衛生管理者 蔵木 真人
このマスターそういう名前なんだ。その程度に感じた。
わたしも蔵木さんに学生証を手渡す。
「オッケー。三人とも17歳ね。じゃあ好きなドリンクとケーキを選んでね。高いやつでも遠慮なくどうぞ!」
見た目の落ち着いた雰囲気と違いくだけた印象の人みたい。
「じゃああたし!両方一番高いやつで!」
由奈が早速飛び付く。
「一番値段高いのになると逆に普通のコーヒーだけど大丈夫?良い豆使ってます的なやつになるけど」
「えっ!?じゃあケーキ高いやつで!飲み物はクリームソーダで!」
由奈。甘い、甘いになってるよ。お子さんじゃん。
「ナイス!お子さんチョイス!熱いね!コーンポタージュみたいに熱いね!了解だよ」
蔵木さんそこノルんだ。
紗奈はというと
「アイスコーヒーで氷一つだけお願いします。ケーキは洋梨のシブーストでお願いします」
これまた渋めのチョイスだね。紗奈っぽい。いつも少しお姉さんな感じ。氷一つっていうのも何だか大人な気がする。
「オッケー。何かお姉さんな頼み方だね!クール!ビシソワーズの様にクール!」
ビシソワーズはよく分からないけど言いなれたギャグっぽい。
あたしはミルクティーとチーズケーキを頼んだ。
「オッケー。うちのミルクティーは少し違うから。チーズケーキも少し違うから。全部違うから。ボク言ってる事違うかな?」
「マスター!印象違い過ぎ!ソコが一番違う!」
由奈が蔵木さんにツッコむ。
「印象なんて他人が勝手に持つもんさ!そんなのに合わせる気はボクは無いね!」
蔵木さんが何気なく言ったであろう言葉にわたしは少しドキっとした。
期待とかに応えたくない反面応えなきゃと多少もがく自分に一番たどり着きたい境地だったから。
他人は他人。自分は自分。当たり前なのにそれがわたしにはとても難しかった。
自分らしく生きる。
当たり前の事なのに他人がいるせいでそれは上手くいく事だとは思えなかった。
友達という関係すら多少煩わしく感じるわたしには。
「じゃあ少し待っていてね」
蔵木さんはカウンターの向こうに移動した。
「面白いマスターだね。大人の余裕がある感じ」
紗奈が珍しく男性を褒めた。
「面白い!弟にしたいなー」
由奈のよく分からない感想。
蔵木さんはカウンターの向こう。慣れた動きであたし達の注文したモノを作っている。
「素敵なトコだね。喜奈のチョイスは間違いないね」
紗奈が店内を見渡しながら言う。店内に置いているレトロな品の数々が気に入った様で目がいつもより子供っぽい光を含んでいる。
由奈はスマホで店内を撮影して自撮りをしている。
店内にお湯が沸いた時の香りとコーヒーの香りが漂うのはもう少しだけ後の事だ。
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