バベる 新屋喜奈の場合 ⑤
待ち合わせの場所まで歩いているとポツポツと雨が降り始めて来た。街に灯り始めた灯りが雨をよりくっきりとわたしに見せてくれる。
傘が必要という程は降っていない。天気予報っていうのはあてになるんだかならないんだか。今日は曇りって予報だったのに。
今日の予定にしたって全く乗り気なワケではないもの。仕方ない。そう。仕方ない事なんだよ。
生きていたら当然だけど生きていかなきゃいけない。
それは食べる事だったり欲しいモノを買う事だったり雨をしのげる家を持つ事だったり。
学生のあたしにはこういう手段でしか生きていく為に必要なモノを稼ぐ方法は見つけられなかった。
援交、パパ活、色んな言葉はあるけど要は売春だ。
母親は出ていった。父親は顔も知らない。そんなわたしはそれしかなかった。
生きる事は身を削る事でしかなかった。自分で生きる事を終わらせる勇気も持ち合わせてない。仕方なくと言いながら生きる事にすがりついている自分にも嫌気がさす。
待ち合わせ場所に着くと辺りをキョロキョロとしているサラリーマンを見つけた。
「つきました」
わたしがメッセージを送る。サラリーマンは携帯を取り出しメッセージを確認する。うん。この人なんだろうな。
わたしはサラリーマンに近づき声をかける。
「こんばんは。ケイゴさんですか?」
「えっ?あっ。そうです」
急に声をけられて驚いた様子。
「サクラちゃん?」
「そうです。こんばんは」
コレをする時あたしはサクラという名前でしている。単純にサクラの花が好きだから。それとお母さんの名前だから。お母さんは嫌い。いなくて何の問題もない。捨ててもらえて良かった。
だからお母さんの名前で汚されてやると決めたの。
「かわいい子で良かったよー」
ケイゴと名乗っているサラリーマンは急に馴れ馴れしく話かけてくる。
「そうですか」
わたしとしてはさっさと終わってお金さえもらえればそれで良い。それ以外に何の気持ちもないから。
ホテルになんて行く気にはなれない。長い時間を過ごしたいワケではないし。
だからわたしは毎回手近なトイレとかで済ませてもらう。
ホントに何やっているのだろうと虚しくなるけど生きなきゃ。死ぬまでは生きなきゃだから。
そもそも何で生きなきゃいけないんだろう。
自分の人生をどう扱おうと誰にも関係のない事なハズなのに。
産まれた罪に対する罰が生きるって事なのかな。
生きる理由は見つけられないけど死ぬ理由はもっと見つけられないままわたしは今からこの男に身体を預けるんだ。
もらえないのを避ける為に必ず前金。怖い思いも一度や二度ではないけど。それでもわたしにまとまって生活出来るお金を手にする手段はコレだった。
「早くシたいんで近くのトイレ行きましょう?」
この一言でスケベ男は大体ホイホイついてくる。手早く済ませたいからの一言にホイホイついてくる。
世の中の女がどうして男を好きになれるのか理解出来ない。気持ち悪い生き物としかわたしには映っていない。
「積極的だねぇ。俺も早くシたいんだよ。トイレでも良いよ」
さっきよりもイヤらしく目がギラつく。ほら。気持ち悪い。
わたし達は近くの商業施設のトイレに消えた。
数十分後。満足したらしいケイゴはいそいそとトイレから消えた。
わたしは今日の稼ぎの2万円を受け取ってトイレを後にした。
行為の後のこの感じがたまらなく嫌い。気だるい、罪悪感と自身への嫌悪感と相手への嫌悪感が混ざってよどんだ鈍色の様な感情がわたしの心をその色に染めていく。
自分で始めた事。後悔はない。と言えば嘘になる。でもわたしはこの鈍色の道をしばらくは歩かなくてはいけない。自分で歩き始めた道だから。
後悔で埋め尽くされた道をこの先歩くのは少し嫌な気がする。自分の人生だとしても。
商業施設から表に出るとさっきよりも雨足が強くなっていた。傘がなければ帰れそうにない。
わたしは商業施設に引き返して傘を探した。
仕事終わりのサラリーマンや習い事帰りの母親と子供だろうか。せわしなく。楽しそうにそれぞれの商業施設を楽しんでいる。
わたしは売春をするだけに入ったのがとたんに申し訳なくなった。
雑貨屋さんにあった大して好みでもない赤い傘を手に取り仕事の報酬の一万円を早速使う。
表に出る。雨はまだ強いままだった。街の灯りは煌々と灯り、道路を走る車は濡れた道路を艶々に照らして走り抜ける。
わたし以外の物は輝いて見えた。透明なハズの雨すら。
鈍色のわたしよりは輝いていた。いくぶんかは。
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