バベる 新屋 喜奈の場合 ①
多分だけどさ。きっとだけどさ。ううん。絶対だと思うんだけどさ。
人間って他人からの期待に応えられる様には創られてないと思うんだよね。
だって自分が想い描いた事すら叶えられるか分からないワケだし。
夢とか希望とかって自分が自分に課した期待なワケでしょ。それすら叶えられないのに他人からの期待に応えられる程の余裕は無いよね。
自分の期待に応えられないのにそれは絶対だと思う。
新屋 喜奈(にいや きな)
この名前嫌い。きなこかってバカにされるし。何でこんな名前にしたんだろ。親はあたしの期待には早速応えてはくれていなかったみたい。
自分が親になったら極端に普通の名前を付けるともう決めているの。
テストに名前を記入したトコでポケットのスマホが小さく震えた。今見るワケにいかないし後だね。
何でこんな小刻みに理解度テストみたいなのするんだろ。
先生とか大人ってあたし達子供に何を期待してるんだろ。
苦しいのは今だけだよとか乗り越えればとか。それって乗り越えた人の感想であってそれが現実のわたし達には苦しい現実でしかないのに。
そう思いつつ現実の学生という自分を生きるしか他に道が無い事実からわたしは理解度テストとにらめっこをしている。
終了のチャイムが鳴りテストから解放された。見慣れた友達の顔があたしの視界に入って来た。
「喜奈ー食堂いこー」
声をかけてくれたのは
渋谷 由奈(しぶや ゆな)
髪の毛の色が明るめなかわいい系女子。
その後ろからひょこっと顔だけ出しているのは
田井 紗奈 (たい さな)
おとなしい見た目の美人系女子。
三人とも名前に
奈
の文字が入っている事で打ち解けてからずっと三人で行動してる。
かわいい由奈、大人っぽい紗奈、ニュートラルなあたし。っていうのが周りの男子の評価らしい。
三人とも彼氏なし。三人ともモテないワケでもなし。三人でキャッキャしてるのが楽しいから。
「食堂?良いけど」
割と素っ気なく答えたわたしにすかさず紗奈のフォローが入る。
「あたしが由奈誘ったんだ。喜奈もどうかな?って」
「そうそう!紗奈誘い!素っ気なくしないでよー喜奈りん」
「別に素っ気なく無いよ」
素っ気なくしてはいない。これも期待の一つなんだろうか。空気を読むとか場に合わせるみたいなのは得意じゃない。
ムードメーカー的な由奈。
しっかりしてる紗奈。
どっちつかずのわたし。
うん。そうだね。ニュートラルって表現は間違ってないのかもね。
三人で食堂に移動中。やれテストが出来ただの〜君はちょっと無理だのとりあえずケーキたくさん食べたいだの。意味の無い話で休憩時間を溶かしていく。
わたしの通う高校の食堂は広い。お昼時という事もあって繁盛していた。
「山菜うどんとおにぎり」
「かつ丼とうどん」
「ラーメンとカツカレー」
様々なメニューを男子が調理のおばさんたちに伝える。
「カツカレーください」
「あっ。あたし山菜うどん!といなりさん!」
「ラーメンお願いします。ネギ抜いて下さい」
わたし達も注文を済ませて出来立ての料理の乗ったトレーを持って席を探す。生憎と食堂の中はいっぱいでかろうじて外に用意されたテーブルがポツポツと空いていた。
「滑り込みー」
「空いていて良かったね」
「ホントに。座れなかったらトレー持って歩き回ってたもんね」
安価そうなイスに座りトレーを安価そうなテーブルに置いた。
「いただきます」
「いただきー」
「いただきます」
三人揃って箸を進める。わたしのカレーの入った金属の食器がカチャカチャと音をたてた。
「そう言えばあたし達もそろそろだよね」
「そういえばもう3年生だし」
「あー。もうそんな年頃なんだねー」
よく聞けば周りの3年生も同じ様な話をしている。
「去年って何人だっけ?」
「正確じゃないけど4人?くらいだったような」
「あーでも由香センパイなってたよ。関係無いけど由香センパイがつけてた香水メッチャ良くなかった?」
「分かる。でもアレもう売ってないんだよね」
「ネットで買えたりするのかな?」
由奈がスマホを触り始めた。つられて紗奈も触り始めた。
あっ。さっきテスト中に何か来てたなと思い出す。スマホを取り出しロックを解除する。
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ありきたりな広告の通知の中からお目当てのメッセージに返信する。
「その条件でオッケーです。7時に駅前の広場で。また連絡下さい」
事務的にメッセージを返信して友達との会話に戻る。
紗奈も由奈もまだスマホを触っていた。
「明日はどこか寄って帰ろーよー」
由奈がスマホ越しに話しかけて来た。
「別に構わないけどどこ行くの?」
紗奈はスマホをしまって食事に戻ろうとしている。
「喜奈はー?何か良い場所無い?カフェでもカフェでもカフェでも良いからー」
「カフェが良いのね。んー。由奈が気に入るかは分からないけど行ってみようか」
三人の中ではわたしが一番そういう情報が豊富という事になっている。
決してわたしが見つけた情報ではないんだけど。
「喜奈のチョイスはあたしツボなんだよね。よくこんなお店見つけたなって思うし」
紗奈がラーメンをつつきながら話す。
「この前のお店もどうやって見つけたの?」
看板も出ていない雑居ビルの5階にあるカフェ。
そこに行ったのは1週間くらい前だったかな。
「そりゃあアンテナを高めにしてるんだよ」
「あたしも高めにしてるつもりなのにーなかなか見つけにくいお店出してくるよねー喜奈りん」
そりゃあわたしの力で探してるワケではないからね。
三人ともあらかた食事を終えて言葉少なにスマホをいじっている。
由奈だけは時折、あーとかマジ?とか呟いている。
紗奈はスマホで小説を読んでいるのだろう。それが彼女のいつものルーティーンだから。
わたしはスマホを触ってはいるけど2人とは違う。
「分かりました。じゃあ駅前で7時に」
「分かりました。じゃあ駅前で8時に」
「それじゃあ無理です。ごめんなさい」
ひっきりなしにそんなメッセージをやりとりしている。
「あー甘いもの食べたい!何かクリームが的なやつ」
「食堂でクリーム的なやつはないからね」
「クリームパンならあるよ」
スマホ越しに会話する。
スマホっていう壁がそれぞれのプライベートの領域だとでも云うように周りの皆もスマホを触りながら会話していた。
わたしにとってはありがたい。この壁が無くなればわたしは2人の目を見て話せるだろうか。
「そろそろ戻らなきゃだね」
紗奈は唇にリップクリームを塗りながら視線を向けてきた。
「あー。んー?ホントだねー」
由奈はまだ壁の向こうにいる。
「じゃあ行こうか。ほら。由奈。終わったらカフェ行くんでしょ」
「そうだったーじゃあ行くー」
教室に戻る間も由奈はスマホをたまに触っていた。紗奈は時折そんな由奈を気にしつつ話をしている。
わたしは2人を一番後から眺めている。
明るい由奈。
落ち着いた紗奈。
何も無いわたし。
同じ年でこうも差が出るものだ。
個性という言葉で括ってしまうには生きづらい。皆はこんな感じにならないのかな?虚無感に襲われたりしないのかな?何でそんな楽しそうに笑えるのかな?
不思議な事が多すぎる。17歳でこれなのだ。このまま歳を重ねた所で改善されるのかも分からない。
教室に戻る。
由奈はこちらに軽く手を振り窓側の席に。紗奈は真ん中の列の真ん中辺りの席に。わたしは廊下側の一番後の席に。
わたしの隣の席の秋山君は多分、紗奈の事が好き。
よく目で追ってるし。それに気付いててその視線を追いかけるのが少し面白い。
ほら。今見てるでしょ。面白い。
先生が教室に入って来た。
「じゃあ始めましょうか。日直さん?」
「起立。礼。お願いします」
「お願いしまーす」
いずれ大人の期待に応えるための自分を造る時間が始まった。
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