Word 1
この路も違ったのね。
えぇ。そうみたい。私は嫌では無かったけれど。
結局意味ないじゃん!
意味はあるの。いいえ。意味を創るのはあたし達ではないわ。
そうね。意味を見出すのは彼ら。
あたし達はお手伝いかー。
そう。
やり直しましょう。
そうね。やり直し。
やり直そー
もう一度。何度でも。
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光に落ちていく。光に向かっていく。光に包みこまれる。そんな感覚。縦か横かも分からない。光に。
「聞いてますか?ベルさん」
聞き慣れた先生の声で目を覚ます。寝ていたの?分からない。
「あたしのありがたい授業で居眠りとは。驚嘆!いえ!あなたとあたしの二人しかいないこの教室で居眠りとは。むしろ感動!」
テンションも高めに語りかけて来る先生に愛想笑いですみませんを伝える。私がこの学校に来てからもう6日目。この世界では15歳になると7日間だけ学校に通う。学校といっても赤茶色のレンガの壁の黄色い屋根の普通の家。15歳で一人前とみなされて何をしてもOKになる。この7日間でこの世界のしくみを先生から教わる様になっている。
黙っていたら美人。
これほど当てはまる人が他にいるのかな?吸い込まれそうな黒い髪。所々青みがかっている。目元はキツくキツく。眼差しは優しい。言うに及ばずスタイルは抜群。私なんて普通に歩いて腰に顔をぶつけるんじゃないかなって程にスタイルが良い。着慣れた感じのスーツのスカートは先生と呼ぶには短すぎるとは思うが。先生の名前は知らない。ただ先生とだけ呼ぶ事になっている。
「ベルさん。明日でこの学校に来るのもおしまいになるわ。教えた事は覚えているわね?」
「はい。多分なんとなくは」
「素晴らしい!なんとなくで構わないのよ。習うより慣れろって言うでしょ」
この世界には歌で溢れている。この世界の人は生きている。当然死ぬ。この世界の人には歌がある。生の歌と死の歌。その2つがあって人生を「謳歌」出来る。そして2つの歌に刻まれている「ワード」という力を持っている。「ワード」を使役する人間を「インテレクト」という。アルファベット一文字。例えばFのワードでFIREなら火が使える。WのワードでWATERで水の様な。要は超能力。ただ一つの例外を除いて皆がその力の恩恵を授かっている。例外は双子。歴史に何回かしか産まれていない双子だけはワードを持っていない。双子になると片方が生の歌、片方が死の歌を持って産まれて来るらしい。双子は例外なく「ワードレス」この世界で唯一ワードが使えない存在。使えない代わりにワードによる影響も全く受けない。そして生の歌を持つ方は不死、死の歌を持つ方は不老。生の歌を持つ者は死ぬ事が出来ない。死の歌を持つ方は意識はあるが肉体は死んだ状態らしい。双子は謳歌をする事が出来ない。よく分からないけれど。双子は産まれた時に隔離されて生活する。この世界の双子は元は一つの人間が二つに分かれたモノ。隔離された双子が一つに戻る時に世界が崩壊する。双子は魔女と呼ばれ厄災の対象となっているらしい。だからといって双子が迫害を受けたり殺されたりする事はない。この世界は謳歌する事が全てだから。厄災の原因だろうと謳歌する事が許されている。双子以外の者ももちろん自由を謳歌する。普通に生活するもよし。誰かの為にワードを使うもよし。強盗しようと殺人をしようと自由。それがその人間の謳歌なのであれば。らしい。全て先生に教わった事だから。それが事実と思わなければならない。
「先生にもワードがあるんですか?」
当然過ぎる質問をぶつけてみる。
「あたし?もちろんあるわよ?」
「何なんですか?」
「あたしのワードはT。もちろん教えるのTeachのTよ」
そんなワードもあるんだ。ちなみにインテレクトには稀に生の歌と死の歌に一つずつワードを持って産まれて来る人間がいる。そういうインテレクトを「ビサイズ」と呼ぶらしい。ビサイズは
「神代七」かみよのしち
という七人で構成されたこの世界を護る任務にあたる七人になる。しかし神代七からの脱退も自由であり謳歌出来ないと思って脱退する者もいたんだとか。脱退者が出ても新たにビサイズが産まれて神代七に加入する。らしい。
「ここまで生きて来てあなたもワードの使い方は理解していると思うわ。いよいよよ。いよいよ明日この学校を出たらあなたは一人前のレディー。今までより美しく!激しく!己の生を謳歌するの!そう!謳歌するのよ!」
唐突に先生のミュージカルが割り込んで来た。
「私は今まで通りで大丈夫ですよ」
なんて面白く無い返答。
「なんて面白く無い返答!それだと若さを無駄に溶かしてしまうわ!」
あたしの考え読まないで下さいよ。
「良い?自由であるという事を楽しみなさい。何かに縛られず自分の想いを遂げる。それが人の為になろうが人の迷惑になろうがそれはそれ。あなたの謳歌を妨げる者は絶対に許されるべきではないの!そう!!!誰もあたしを止められない様にね!!ほーっほっほっほっ!げほっ!げほっっ!」
この人どうしたんだろう。美人が台なしになってますよ。
「大丈夫ですか?」
「とんだ失態を見せたわね。ともかくインテレクトとしてでなく一人の人間として。いえ!一人の女性として輝きなさい!これは先生からのお願い!いや!命令!いや!親心!親心じゃないか!親じゃないから!」
この人どうしたんだろう?
「私が学校来なくなったら先生はどうするんですか?」
「心配しなくて大丈夫よ。あなたの次も新しいインテレクトが早くこの学び舎に入りたくてイキりたってるんだから!」
この人どうひたんだろう?ミュージカル過ぎる。
「私は明日が最後ですね。来る時間はまた今日と同じで良いですか?」
私と先生の温度差をさすがに感じたのか少しトーンを落として先生が答えてくれた。
「明日は今日より1時間遅くて大丈夫よ。今日はもう終わるけれどお家に帰ったらお母様としっかりお話をなさい。しっかりとね」
急になぜお母さんの話なのか理解は出来なかったが私は分かりましたとだけ答えた。
「それじゃあベルさん。また明日待っているわね。お母様によろしく伝えて。しっかりとねっとりと話すのよ」
この人ただ卑猥な感じで話したいだけなんじゃないの?不思議と悪い感じはしないけれど。
「ありがとうございます。ではまた明日」
「ベルさん」
私の名前を呼んだ先生はさっきとは違って決意の白いインクの中心に少し心配の黒いインクが混ざった様な目をしている。
「はい?どうかしましたか?」
「いえ。なんでもないわ。また明日待っているわ。最後の学校。楽しみましょう」
「はい。また明日」
私は学校のドアを開けて振り返り会釈をした。先生は机に足を組んで腰掛けて私に手を振ってくれている。
バタン。
ドアが閉まった。
「また明日……か」
先生の黒いインクはさっきよりも拡がっていた。
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