Word 2 母との会話
学校を出て私は家に向かっている。先生の妙なテンションにあてられたからなのか明日で学校が終わって一人前になるという高揚感からなのか。私の胸はドキドキとひりついた様な感覚になっていた。ううん。どちらも違うの。分かってる。先生には話していない事があるの。今日聞かされたワードレスの話。心当たりがあるの。私は幼い頃から周りに比べてインテレクトとしての才能が欠如していたの。というか。才能以前の前に私に刻まれているワードは私には分からないの。ぼやけてワードが見えないの。今も。友達がもの凄いスピードで走ったり、高くジャンプ出来たり。いかにも超能力持ってます!みたいな力を使っていても私は何も出来なかったの。そもそもワードが使える感覚がわからない。そうね。多分私はワードレス。でも先生は知っていたのかな?お母さんとゆっくり話しなさいって言っていたし。分からないな。
答えの出ない問題を考えながら歩いていると女神の広場にさしかかった。時の女神の銅像が3人一組で広場の中心に立っている。この世界の人々が唯一崇めるのがこの女神達だ。ワードを授けたのもこの女神達とされている。広場には人生を「謳歌」している人々に溢れている。
恋人と話している者。
友達とワードを見せ合っている者。
それぞれに「謳歌」している。私がワードレスだったら「謳歌」は出来ない。それに双子の妹か姉がいる事になる。私が生きているのだから生の歌、もう一人は死の歌を持っている事になる。
死にたいと願うのもおかしな話だけど私も「謳歌」したいな。という欲が出てしまってきている。
しかも双子が出会うと世界が滅ぶ?全くよく分からない。とりあえずは帰る事をお母さんに伝えなくては。
「コネクト。お母さん?」
「あら。ベル?もう帰ってくるのかしら?」
「うん。今女神の広場だからもうつくよ」
「分かったわ。ご飯作ってるから。待ってるわね」
「ありがとう。コネクト終了」
肝心な事が聞けなかった。直接聞けば良い話なんだけど。何となく怖くて聞けるか不安だった。
この世界にはオブザーバーと呼ばれる存在がいてこの世界で起きた全ての事を把握している。オブザーバーには誰でも接続出来て今の様な電話の様な機能
とこの世界で起きた知りたい情報を聞き出す事が出来る。
オブザーバーに双子の事聞くのも違うよね。
知りたい気持ちと知りたくない気持ちのちょうど真ん中辺りでゆらゆら気持ちが揺れながら私は家に向かった。
私の家は女神の広場の少し先。女神の指先と呼ばれる商店が並んだエリアの中にある。本屋さんと今は空いている店舗の間に私の家はある。
「ベルちゃん。お帰りなさい」
本屋のおばさんが声をかけてくれた。
「帰りました。今日はお店はおしまいですか?」
私は本を読むのが好きだ。家の立地的に本屋さんが隣だからというワケではなく。
とりわけ王子様のキスでお姫様が目覚める的な王道ベタベタストーリーが好きだ。辛い事があったのなら最後はハッピーエンドじゃなければキツイから。
「今日は息子夫婦が遊びに来るからね。少し早く閉めようと思ってね」
「それは嬉しいですね。ゆっくりして下さいね」
「ありがとうね。またふらっと寄ってね」
おばさんに軽く会釈をして家の鍵を取り出した。鍵穴に鍵を入れようとした時に
ガチャ
鍵が開く音がした。ドアを開けるとお母さんが薄く微笑みながらいつもの声で私を迎えてくれた。
「おかえり。ご飯出来てるよ」
「ただいま。凄いね。私帰って来るの分かったの?」
少し驚いた私のにお母さんが言った。
「親子だよ?」
当たり前じゃんと言わんばかりの声色に少し嬉しくもあり恥ずかしくもあった。お母さんはのんきで大雑把で人当たりが良い。いい女なんだかそうじゃないんだかよく分からない人だ。お父さんは私が産まれてすぐ死んでしまったらしい。
「さぁ。ご飯にしようか」
お母さんが鍋を混ぜながら言った。匂いで分かる。今日は人参と玉葱とジャガイモとベーコンの入ったスープ。ポトフっていうのかな?それ。きっとお母さんの大雑把な性格が出て具が大きく切られているんだろうな。
「うん。ちょっと待って」
手早く手を洗い、自分の部屋で着替えを済ませ、リビングに戻るとお母さんが机に料理を並べていた。料理を並べるお母さんの背中がどことなくいつもと違った感じがする。まぁ気のせいだろうけれど。
「よしっと。じゃあ食べようか」
「うん」
向かい合わせで座りお母さんの料理を食べ始める。ほらね。やっぱり具大きいじゃない。
「ごめんね。お母さん少し大雑把だから。切って食べてね」
「いつもじゃない。全然問題ないよ」
と言いつつなかなかに大きいよお母さん。
「明日で学校も終わりだね」
「うん。あのね。そういえば今日教えてもらった事で」
お母さんが私の言葉を塞ぐ様に言葉を重ねてきた。
「ご飯の後で少しお話しようか」
視線は料理に落としたままどこか決意の様なモノをどこかバツが悪いなって感じを含んだ言葉を私に渡して来た。
「そうする。ありがとう」
何がありがたいのか分からないが私の口から出た言葉はありがとうだった。
食事の後片付けはいつも私の仕事だ。いつもの様にこなす。でもこの後の話が気になっていつもより雑にこなしている気もするけど。洗い物もあとコップ一つをすすぐのみになった。これか終わったらお話。どうしよう。聞きたい。けど永遠に聞きたく無い気もする。どちらかと言えば後者が少し優勢。しかし永遠にコップをすすげるはずもなく後片付けは終了した。
「あっ。終わった?」
お母さんがいつもの様に話しかけてくる。
「あっ。うん。今終わったよ」
「じゃあバトンタッチ。お茶いれるね」
私の緊張を見透かしているようにお母さんが言った。
「ありがとう」
私はダイニングテーブルに戻り椅子に腰掛けてお母さんを待っている。
「お茶をいれるのは昔から得意なのよね」
お言葉通り慣れた感じですよお母さん。あぁ。お茶が入ったら話が始まる。このまま永遠にお茶いれててくれないかな。
もちろん無理だった。お母さんは思ったより手際よくお茶をテーブルに運んで来て一つ私の前に置いて私の向かいの席についた。
お母さんはお茶を一口飲んで話始めた。
「えっとね。まず」
えっ。いきなり。展開早いねお母さん。私もお茶を一口飲んで話に耳を傾ける。美味しいよお母さん。
「今から話をする事は隠していた訳でもないしそういう約束だったって事は分かって欲しいの。本当に隠していたとかではないから」
よく意味が分からないけど頷いてみせる。
「今日双子の話を学校でされたよね?先生から」
どうしよう。お母さんの目を真っ直ぐ見られない。怖いな。
「回りくどく言っても仕方がないから言うわね。ベル。あなたは双子なの。お姉ちゃんなの」
あー。やっぱりか。っていう思いと一番聞きたく無かったなって言う思いがグルグル回る。言葉が上手く出てこない。
「そうなんだ」
なんて気の利かない台詞だろう。
「ベル。自分のワードが使えない事を小さい時に私に質問して来たの覚えてる?」
「なんとなく」
「ベル。歌に刻まれたワードぼやけて見えないでしょう?」
そう。お見通し。さすがお母さん。そう。ピントがあっていないみたいにぼやけてよく見えないの。
「そう。なんだろ。ぼやけてハッキリ見えないの」
「大丈夫よ。ベル。あなたには生の歌がある。でも死の歌は妹が持っているの。教えてもらったわよね?生の歌を持つ方は不死で死の歌を持つ方は不老だって」
学校で習った事の復習だ。教えてもらったよ。
「聞いたよ」
「妹の方は死んでいるの。うーん。肉体が死んでいるって言った方が正しいかな。あなたと同じ様に今は15歳の女の子よ」
そう話したお母さんはとても優しく愛しそうに話をしていた。今まで自分にだけ注がれていた愛情が2つに分かれている事に少し嫉妬も覚えた。
「ベル。あなたが謳歌するためには妹にあって一つになるしかないの」
唐突過ぎて意味が分からないよ。習ったけどいざその事が自分にだけ適応されている事だとしたら流石に焦っちゃうよ。
「一つにってどうやって。しかも双子が一つになると世界が終わるみたいな事言ってたよ?」
当然の疑問。というか疑問ですら無いのかもしれない。真っ白の頭で一番他人事みたいな質問をするので精一杯なのかも。
「ベル。全ての謳歌は選択なの。悪い事をするのが謳歌の人。良い事をするのが謳歌の人。選択なのよ。終わるかどうかすら選択。そしてその謳歌を止める事は誰にも許される事じゃないのよ」
??質問の答えにはなっていないけど終わる選択もあるって事なんだよね?じゃあそんなの選ぶワケ無いじゃない。
「お母さん。あのさ。私どうしたら良いの?明日学校が終わって普通に今までみたいに生活してたら良いのかな」
そうしましょう。って言って欲しい。お母さんお願い。
お母さんは優しく微笑んで答えた。
「そうよね。怖いわよね。でもそれを決めるのはベル。あなたなの。ベル。あなた今分かれ道のどちらかを選ぶ時なのよ」
お母さんはお茶を飲んで続けた。
「一つは今まで通りの生活を続ける。何も変わらないわ。ただ死ぬ事は出来ない。死というゴールがあるから生を楽しむ、自分らしく生きる事が出来る。これが謳歌の考え方。今のベルはゴールの無いマラソンを続けている状態なの。しかもそのマラソンは終わらない。周りを一死に走っている人が次々といなくなっても終わらないの」
言葉が出てこない。何で私がそんな理不尽なマラソンを強いられなきゃいけないの。少しムカついてきちゃった。なるべくお母さんには知られたくない。
「もう一つは妹に会って一つに戻る。ベルは。いいえ。あなた達は死というゴールを得る事で人生を謳歌出来る。もちろん妹に会っても一つに戻らないという道も存在しているわ」
何で私に選ばせるのよ。そもそも双子じゃなきゃこんな訳の分からない事にはならなかったんだから。何なの何なの。
「ごめんなさい」
お母さん?謝った?
「ベル。いいえ。あなた達には本当に申し訳ない事をしたわ。お母さんが双子に産まなければって思うのも当然よね」
やめてよ。お母さんは悪く無いんだから。
「ベル。あなたが決めるのよ。わたしは手助けはしてあげられない。ベル。あなたがあなた達が決めるのよ」
「いつまでに?」
我ながら微妙な質問。
「今日の23:59分までに。今日中にって事ね」
「何で?何で今日中?」
「答えによって色々準備があるから。決めたらオブザーバーが必要な事はしてくれるから。ベルは決めるだけで良いの」
私の決断をオブザーバーも待ってるのね。
「今何時?」
「19:09分ね。大丈夫。わたしに答えは言わなくても大丈夫だから」
お母さんは相変わらず優しく答えてくれる。
「いや。でもそれはちゃんと言わなきゃな事だしさ」
「あら。じゃあその時には聞かせてもらうわ」
「妹に会う」
お母さんは少し驚いた様な顔をした。答えを出すのが早いよって事かな。
でも学校で双子の話を聞いた時に思ったの。その時は他人事だったけど。双子だからって人生を謳歌出来ないのは間違ってるって。思ったの。
自分の事になってもやっぱり謳歌出来ないのは嫌だしボヤケて見えにくいワードも気になるし。お母さんが選択って言ったんだから私がどう選択するかは私が、いえ。私達が決めるよ。世界が終わるとか全く分からないけど。終わるの意味すら分からないけど。妹にも会いたいし。妹と一つになるの意味も分からないけど。何か怖いけど。でも
「それが私の答え。私も謳歌する為に動きたい。このままも幸せかもしれないけど」
お母さんは今日一番の優しい笑顔と口調で答えた。
「分かったわ。ありがとう。そしてあなたのあなた達の謳歌に幸あれ」
ありがとう。か。妹の事も含まれてるんだろうな。少し嫉妬。少しワクワク。それを越えたドキドキ。私のした決断。私も妹もお母さんも死んだお父さんもきっとそれを望んでる。何より私が望んでいる。
「ベルの決断はオブザーバーに届いたみたい。決断は本物だと認識されたみたいね」
おぉ。いつの間にコネクトしたんだろ。
「じゃあ次の成すべき事を成しましょう」
予想外の発言。何かあるの?
「何かするの?」
今日何回目の気の利かない台詞だろうか。
「お母さんからかわいい最愛の娘達にプレゼントを贈るのよ」
「プレゼント?」
このタイミングでプレゼント?旅費?前に商店で欲しがったネックレス?
お母さんは少し間を空けて答えてくれた。
「お母さんの名前とお母さんのワードを2人に贈るの」
8秒前のあたしへ。ネックレス?旅費?そんな軽いモノじゃなかったみたいだよ。
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