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2019.3.26

よく分からない言い回しや表記など、今となってはかなり恥ずかしく感じられる文章になっておりますが、それはそれとして、noteにもあげておこうと思います。


*「ドライヤーのコードが挟まれた時のことが記された文章に関する随筆」

 西暦二〇二〇年某月某日のこと
 全ては始めから遅かったのではないか、こんなことでは全く社会でやっていけないのではないか、そんなこんなで頭の中が半分以上絶望している時間はついさっきまで続いていたが、とうとう本日、内定が決まった。自分でも驚きである。これで安心して大学を卒業できる、そんなつかの間の一息にだらりと腰を下ろし、全身を労わってやろうと脱力しているつもりだったが、両手だけは相変わらず忙しそうに眼前を飛び回っている。というのも、就活がひと段落ついたらまずは、まずは自室を大掃除しようと心に決めていたからだ。今の私は引きずり出されたいくつもの塊を前に、あぐらを決め込んでいる。人間の感触を長らく振りにしていたであろうこの手付かずの埃山には何が眠っているのか、私でさえそんなことは知らない。とはいっても、ほとんどは在学中に受けてきた講義の資料やその他諸々であろうということはおおよそ見当がついていた。さて、嬉しいことに今は時間もあることだし、一枚ずつ確認してゆくとしよう、そうしてちょっくらこれまでの四年間を回顧するとでもしよう、そんな風に意気込んでいると、早速目を惹くものが眼前に現れた。それは正に私の字で書かれた、いや、最近の若者というものは何でもかんでもコンピュータ上で済ましてしまうタチがあるらしく、紛れもなくそこに含まれる私も同様にしてそういった恩恵を受けているため、「私の字」という言葉にはおびただしい語弊がある、が、その辺りのことは今は無関係なので目をつむる。さて、「私の字」で書かれた文章は、「日本語学概論」そして「英文学講義」という題が左端に付されたプリントの合間に潜んであったらしく、そこにはこのようなことが記されていた。
「ついには口の大きなドライヤーから放たれていた絶叫は途絶えたが、ぴっしりと閉じられた扉の内はたっぷりと蒸れかえっていた。このような馬鹿げた猛暑でたぎる夏場において、向こうからの空気が一向に渡って来やしない小部屋の温度を己がでに上げようとする行為が尋常ではないとしたら、それは一体何であるか。今しがた放熱源自らが発狂状態に眩れ惑っていた様子を見れば、誰もが了解することだろう。しかし、それでも髪を乾かすことは大切だ、きっとそうなのだ。さっぱりとした心持ちで入浴を終えたはずの身体が早くも汗ばみつつあることに気がつき、行き場のない憤りがふつふつと立ち現れて来るも、それをどうにか冷ますべく、必死になって扉を、そして熱気を解放した。周囲に満ちた猛烈さは峠を越え、立ち代わって小部屋へ討ち入って来た僅かな冷たさを含む生ぬるい空気が指先を始めに全身へと染み渡ってゆく。心地良い。気分がいくらか和らぐ。依然として熱を帯びるドライヤーを左手に預け、もう一方を「根元」へと向かわせる。ここで、はっと知覚させられた。コンセントの象徴ともいえる平行スジが刻まれた壁の丁度上部よりタオルが掛けられているため、右手の行方であるドライヤー・プラグの末端が上手に隠れてしまっている。今しがた良好な空気を周辺に得ることができたのに、それなのに。気分が萎え沈んでいく。かねてから父親にプラグの抜き方には注意しろ、コードを作用点にして引き抜こうとするな、必ず頭に手をつけろ等と散々聞かされて過ごして来た挙句、それが今では習い性となってしまっている私は今度も正確な手順を遵守しなければならない。それは、左手に抱えられた温かな機械を一旦洗面台の小スペースに寝かせて両手の自由を確保する必要に迫られるということを意味する。平行スジにゾッコンなプラグを適切に抜き取るためには、やはりしわくちゃに垂れ下がったタオルを、遮蔽物を、脅威を、一時的に片手でよけておかなければならない。それでもなお、まだ見ぬ潜在的危険性は「この、どこか」に待ち受けているのかもしれないが、ともかく視覚によって得られる安堵は何よりも代え難い。油断は禁物だが、父によって示された決め事、というより、私の、私自身の習慣を遂行するにはひとまずこれで大丈夫だろう。行動を焦らされ「待ってました」と今にも発話でもし始めそうなご様子で再度伸ばされた右手は、照明の暖色を浴びたプラグの先端の側をつまみ、壁に対して垂直に後ずさる、ズッイッ。活動のエネルギー源を断たれたせいか、だらりと力をなくした長いコードを、今度はドライヤーの把手に絡めようと両手がせわしなく動きはじめる。コードの付け根をつまんだ右手が虚空で円を描くようにして繰り返し動作する。対する左手はドライヤーの頭部を力強く握り、空に留めようと筋肉を張り詰めさせる。諸手が織り成す何遍かの機械的動作が終わると、先程まで長さを誇っているように見えたコードは把手に激しくへばりついていて、一見すると、それがあのような物理的距離をからだに備えた同一物体であると認識するのは難しい。
 ドライヤーを格納する場所はこの位置から頭上左角の戸棚であると我が家では決まっている。ちなみにこれは父親が定めた決まりごとではないということだけは留意しておく。全ては成り行きの現在である。ドライヤーが勢いよく連れ出された際、開け放しにされた戸が彼の帰郷を待ち望むかの如く口を大にしている。人間生活とは実に種々の口元に囲まれているのだなあ。照明を受けて小さく光る二つの金属製蝶番も、一緒になってこちらへ合図を送っている。明らかに高過ぎる位置にある戸棚は、ここからでは上面と左面の一部のみしか確認できない。実を言おう、現在視覚による認知が困難な箇所、とりわけ興味深い深奥の様子は、生まれてこのかた一度も我が目に明かされていない。それは、もちろん、気になる。しかし、たとえここがいくら不快感が薄まりつつある空間であるといえど、相も変わらずじめじめと暑苦しいこの時期にあえて確認しようなどという気力はさっぱり起こらない。むしろ、出来ることなら今すぐにでも全てを投げ出して涼しげな場所へ走り出してしまいたいのだ。季節が変わる、その時に。またいつか、またいつか。戸棚の位置があまり好ましくないということで、ここは一つ、頑張らなくてはならない。確かな温度を保ってはいるものの、正気を取り戻しすっかり大人しくなったドライヤーを右手に握らせる。それから、なるだけ奥の方へ収めようと、支えとして壁に左手を添え、両足に爪先立ちの姿勢をとらせる。グィと視線を高め、左手に体重を渡し、前のめりになった瞬間、残された手に抱えられたドライヤーを勢いよく、半ば放り投げるつもりで大の口へと滑り込ませる。うまく収まっただろうという確信のもと、戸棚へは特段の注意も払わず、視線は気まぐれに正面の鏡の方へ。そんな状態のまま、さっさと戸棚に封をする、タンッ。
 嫌に小さな音だった。それはどこかで何かしらの緩衝が起きたような、そんな雰囲気である。閉められた際にはそれなりの音量がここら空間一帯に響いてゆくはずなのだが、今日は、それが聞こえなかった。ぬっと黒目を左上へ向けると、そこには不完全な役割をした戸の姿があった。本来なら閉めきる心づもりで作用を加えられた戸が棚の縁に衝突し、きちんとして静止するはずが、今では戸棚全体が歪な格好を取ったままそれ以上の変化を見せることなく固定されている。ひたすらに、くさくさする。不安定さに鬱々しさとわずかな気味の悪さを感じながらも、両足は全身を戸棚下部が見える位置へとにわかに近づけ、頭部に天を仰がせた。黒目によって確認されたのは、戸と、棚の縁の隙間に悲しく挟まれるドライヤーのコードの姿であった。通りで全体がこのような醜悪な不格好さに成り果てるはずだ。仕方なしに、渋々事態を受け入れた。例によって両足の先々に体重をかけ、左手を伸ばすと戸内の空間は再び暖色で照りつけられる。身体の姿勢を維持したまま、圧死に瀕していたらしいコードの脇を、右の指先何本かで押し遣る。コードが戸棚内部へと引っ込んだことを見極めたら直ぐ指先をこちらへ引き戻し、代わって左手で戸を勢いよく閉じる。先程までかろうじて感じられていたあの心地よさも、今では行方を知らず。コードは再び挟まれていた。押しが不十分だったらしく、指先から離れた直後と戸が閉まる一瞬の隙間に元の場所へズイと出っ張ってきたそうな。苛立ちと共にわなわなと現れてくる全身のほてりはもはや外からじんわりと流れ来る気休め程度の冷涼感ではどうすることもできなかった。真正面に広がる鏡に映る姿を見つめる、目が合う。ふう、気を確かに。こんなにも些細なことでかき乱されていてはしょうがないと頭ではわかっているのだ。これもすべて、この、夏の暑さのせいだ。それだけは、間違いない。これも、誰もが了解することだ。さっさと済ませて、こんなところから早く抜け出てしまおう。気持ちが締まる。またもや換気される戸棚、力が込められ色が白んでゆく足先の指々、齢二十一にして背が伸び上がったと錯覚する頭部、振り下ろされる備中鍬の様態で生ぬるい空気を突き進む右手指、今度はもっと、奥へ奥へと念入りに。そして左手を、左腕を大きく動かす。すると小さな部屋に、聞き慣れた心地よい音が響いた。」
 これらがいつ何時書かれたものであったのか、というよりも、それ以前にそもそも書いたこと自体の記憶がほとんどない。しかし、自分の文章であることは直ぐに解ったし、何となく、「こういうのでいいんだな。」って、思ッた。


まともに読んでくださる方は少ないかと思いますが、少なくとも私はこのあと黒い会社を経験し、随分と気持ちを壊したこともありました。
今は転職し、人にも恵まれ、ありがたい日々を過ごしています。

読んでくださる方、良いねを押してくださる方、この場をお借りしてありがとうの気持ちを伝えさせてください!

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