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寺山修司によるロルカの詩「別れ」の翻訳
noteの記事「寺山修司の詩『ぼくが死んでも』―青い海が見えるように」で、寺山の詩「ぼくが死んでも」を取り上げた。そのさい、この詩がロルカの詩「別れ」から大きな影響を受けていると指摘した。
寺山自身がロルカの「別れ」を訳しているのだ。どこに訳詩が掲載されているのかをわかる範囲で調べてみた。
■どこに翻訳があるのか
◆エッセイ「黙示録のスペイン――ロルカ」:1974
寺山は、「黙示録のスペイン――ロルカ」というエッセイで、ロルカの詩の一部を引いている。このエッセイは、『私という謎』や『寺山修司著作集1』で読むことができる。
『寺山修司著作集1』によれば、エッセイは雑誌『牧神』マイナス2号、1974年6月号に発表された。1976年に、単行本『鉛筆のドラキュラ』(思潮社)に収められた。
「黙示録のスペイン」では、ロルカの詩の最初の2行だけが引用されている。
ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ
自分が訳したとは書かれていない。
◆エッセイ「倹約という名の亀」:1975
1975年発行の旅行雑誌『旅』に、寺山修司は「地中海放蕩 ニース賭博紀行〈Ⅱ〉」を書いている。その中に「倹約という名の亀」という題のエッセイがある。末尾にロルカの詩の全訳が添えられている。詩の題名は挙げられていないし、また自分の訳だとも書かれていない。
ぼくが死んでも
バルコニーはあけておけ
子供がオレンジを食べている
(バルコニーで、それを眺めるのだ)
百姓が小麦を刈っていく
(バルコニーで、それを感じるのだ)
ぼくが死んでも
バルコニーはあけておけ
「黙示録のスペイン――ロルカ」では「バルコニーは開けておいてくれ」だったが、「バルコニーはあけておけ」に変わっている。
◆『月蝕機関説』のエッセイ:1981
『旅』のエッセイ「倹約という名の亀」は、1981年、単行本『月蝕機関説』に収められた。この本の第5章「賭博紀行」「地中海Ⅱ」にある詩は、次のようになっている。
ぼくが死んでも
バルコニーはあけておけ
子供がオレンジを食べている
(バルコニーでそれを眺めるのだ)
百姓が小麦を刈っていく
(バルコニーでそれを感じるのだ)
ぼくが死んでも
バルコニーはあけておけ
『旅』では「バルコニーで」の後に読点があったが、それがなくなっている。変更はそれだけだ。
◆白石征『望郷のソネット』:2015
白石征は自著『望郷のソネット』で、ロルカの詩をエピグラフとして掲げている。
ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ
子供がオレンジを食べている
(バルコニーでそれを眺めるのだ)
百姓が小麦を刈っていく
(バルコニーでそれを感じるのだ)
ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ
――――ガルシア・ロルカ(寺山修司訳)
題名はないが、寺山修司の訳であることを明示している。
『月蝕機関説』の「バルコニーはあけておけ」が、「開けておいてくれ」になっている。変更はそれだけだ。
僕が最初にロルカの詩を知ったのは、この『望郷のソネット』のものだ。でも、この訳詩が寺山修司の著作のどこにあるのかわからない。白石征はどこから引いたのだろう?
■寺山訳で気になるところと他の人の訳
◆気になるところ
寺山の訳詩を読むと、気になるところがある。第1連だ。これは、
ぼくが死んでも
バルコニーは開けておいてくれ
子供がオレンジを食べている
(バルコニーでそれを眺めるのだ
と二つの蓮に分けるべきではないか。その方が詩としてバランスがとれる。
◆小海永二訳
と、思いつつ、別の訳がないか探してみた。小海永二が『ロルカ全詩集Ⅰ』(青土社)で訳している。こちらには題もついている。
別れ
わたしが死んだら、
露台は開けたままにしておいて。
子供がオレンジの実を食べる。
(露台から わたしはそれを見るのです。)
刈り取り人が麦を刈る。
(露台から わたしはその音を聞くのです。)
わたしが死んだら、
露台はあけたままにしておいて。
なるほど、元の詩はやはり2行ずつになっているのだ。ネットでスペイン語の原文を探してみたが、やはり同じ連分けになっていた。
■おわりに
寺山修司は最初にどの訳でロルカを読んだのだろうか、スペイン語から自分で訳したのだろうか、それともフランス語から訳したのだろうか、など疑問は尽きないが、きりがないのでこのあたりで追求はやめよう。
■参考文献
◆テキスト
『私という謎』講談社文芸文庫、2002
『寺山修司著作集1』クインテッセンス出版、2009
『旅』1975年10月号、日本交通公社
『月蝕機関説』冬樹社、1981
◆文献
白石征『望郷のソネット』深夜叢書社、2015
フェデリコ・ガルシーア・ロルカ『ロルカ全詩集Ⅰ』小海永二訳、青土社、1979