家庭内における「躾(しつけ)」という名の体罰を行う親に学校からの厳重注意はどこまで効果があるのか?
小学5年生の長男トトが学校で「野球がしんどくて死んだほうがいいかも…」と担任に話したことで、事実確認の為に学校での話し合いに呼び出された父親S男と母親の私。
この話し合いが行われるまでの間、私と先生達の間ではS男に気付かれぬよう、綿密は作戦会議が行われていた。
いかにS男に悟られずに学校に連れて行くか、話し合いの結果S男が逆ギレして長男トトや私に危害を与えないようにするにはどのような話し合いの流れにするべきなのか、先生達は時間をかけて真剣に考えてくれた。
本当にありがたかった。
そして話し合いの当日には作戦通り、S男を学校に連れて行くことができ、「6人の先生+私 VS 父親S男」の話し合いがスタートした。
・・・
あくまでも共感し寄り添う姿勢での話し合い
担任の先生からS男に対して、家での様子やトトが「死んだ方がいい」と言っていることの原因についての質問されると、監督から厳しく言われていることが原因であり、自分は無関係だと言わんばかりの回答を話すS男だった。
S男と私から一通り話を聞き終えたところで、私が小学校で一番信頼している学年主任の先生が口を開いた。
球技スポーツの指導経験を持ち、自身のお子さんにも同じスポーツを教えているという、S男と似た経歴を持つ先生だ。
学年主任は終始おだやかに、S男の気持ちに寄り添い、共感しつつも自分の経験になぞられ、トトに野球を続けてもらいたいのであれば、上手くさせようと厳しくするよりも、トトのペースに合わせて一緒に楽しむ方が良い結果に繋がるのでは?とS男に問いかけてくれた。
『好き』な気持ちが無ければ続けるのは難しくなる、と。
自分も甥っ子が続けていたスポーツを辞めたいと言った時に「辞めるな!頑張れ!」と言い続けてしまった。
励ましていたつもりだったが、結果的にその甥っ子は長年続けていたスポーツを辞めてしまった。
今思えば「頑張れ!」という言葉をかけ続けることが、逆に甥っ子を追い詰めてしまい、甥っ子の気持ちに寄り添えていなかったことを今も後悔している。
と話してくれた。
あと、たとえ躾であっても、子どもに対する危害は許されないことで、もし発覚した場合は、学校は市へ報告をする義務がある為、小突いたり、棒を身体に当てるような行為は絶対にしないようにしてほしい、とS男に対してしっかりと注意もしてくれた。
学年主任からの話が終わると、次にトトが小学2年生の時からお世話になっている通級教室の先生が話をしてくれた。
トトの特性として、耳から聞く情報は入りにくく、絵や写真など目から得る情報の方が優先される為、話をちゃんと聞いていなかったり、何度も同じことを言わないといけない場面はどうしても多くなること。
それは本人の意思でどうにかできることではないこと。
周りの大人がその特性を理解し、工夫してトトに伝えていかなくてはならないこと。
ちゃんと聞いてなかったからと言って怒っても、簡単にできるようにはならないことを説明してくれた。
先生たちからの話を、S男は汗をにじませながら黙って聞き終えた後、最後に「分かりました」と答えた。
そして2時間近くにもおよんだ話し合いは終了した。
話し合いは始終、穏やかな雰囲気の中で行われ、大人しく先生達の話を最後まで聞いていたS男は反省しているかの様に見えた。
別の部屋で待っていた子ども達を迎えに行き、学校を後にした。
家に帰ってからS男がどう動くか心配していたが、ひとまず逆ギレしたり、私やトトに危害を加えることはなく、安心した。
(やったところで、すぐにまた学校に通報されると警戒したのかもしれないが)
S男はトトを呼んで、家での話し合いが始まった。
もちろん私も参加した。
そこでS男は、放課後の自主練習と夕食後の夜練習を無くすとトトに伝えた。
S男との話しの後、トトがこっそりと私に「野球辞めれるんかと思ってたのに…」と言ってきたが
「いっぺんに全部辞めると、パパの生き甲斐が全部なくなってしまって、パパが壊れてしまうかもしれないから、ゆっくりと進めよ」
と伝えた。
こうして、無事に学校での話し合いは終わり、トトを悩ませていた「放課後の自主練」も「夕食後の夜練習」も無くすことができた。
今回の話し合いは、S男にとって自分のこれまでにやってきたことを振り返り、気付くきっかけになっただろうか・・・?
これまでS男がやってきたことを考えると、すぐに変わることは難しいだろうと思う。
でも、今一番トトを苦しめていたことは、無くすことができたので、一歩前進だ。
S男が変われるかどうかは、これからの行動を見ながら判断していこう。
そう思った。
そして話し合いの翌日以降も、約束通り「自主練習」と「夜練習」は無くなった。
それに伴い、トトの表情も以前より明るくなり、放課後は友達と元気に遊びに行くようになった。
週末のチームでの練習は続けていたが、平日は自分の好きなことができているトトの様子を見て、本当によかったなと思っていた。
・・・が
それが続いたのは、冬が終わる前までのわずか数ヶ月の間だけだった。
やはり、S男は全く変わっていなかった。
じっと、ほとぼりが冷めるのを待っていたのだ。
トトが小学校6年生にあがる前の春休みに入る頃、S男は再び動きだした。