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「参考文献要約表:三輪眞弘を理解するために」 表の見方と説明(2019.8.15)
[はじめに]
以下のレジュメは、「参考文献要約表:三輪眞弘を理解するために」の説明を目的として、2019年8月15日に大垣のIAMAS(情報科学芸術大学院大学)で開催された、共同研究「『システム内存在としての世界』についてのアートを媒介とする文理融合的研究」の研究会で行った発表用に用意したものです。要約表は、「参考文献:三輪眞弘を理解するための300冊+3冊」の文献を、文献が描き出す「星座=布置」の或るバージョンを提示することにより要約することを目的としたものです。発表の機会を与えて下さった京都大学人文科学研究所の岡田先生および三輪さん、発表を聴いて下さった、共同研究「『システム内存在としての世界』についてのアートを媒介とする文理融合的研究」のメンバーの先生方に感謝します。なお、当日の報告は別途原稿を用意することなく、レジュメに基づき、レジュメを注釈・敷衍するような形で行われました。事後的に原稿を書き起こすことも考えたのですが、実際にやり始めてみると、箇条書きにまとめたものをリニアな文章に置き換える作業にしかならないことがわかったため、レジュメをそのまま公開することにさせて頂きます。(2019.10.27)
表の見方
以下は「人工知能と音楽の未来」への補遺としての位置づけを持つ、意識に関係した様々な理論や学説を一覧した、要約表です。pdf形式のファイルがダウンロードできます。印刷をする場合にはA3版での印刷をお薦めします。
参考文献要約表:三輪眞弘を理解するために(ver.2.8 2024/6/7改訂)
横軸が共時的・階層的・個体発生における発達の段階を示し、右に行くほど高度になります。縦軸は通時的・物語論的・系統発生的な進化の段階を示し、下が古く、上に行くほど新しくなっています。どの学説・理論を含めるかは偶然的な邂逅によるものに過ぎず、どれを含めないかについてはスペースが有限であるため、重要性や影響力の大きさよりも関心が深いものを優先せざるを得ないという事情があります。それゆえまた、今後も追加・削除が行われる可能性があります。端的な言い方をすれば、作者の脳内の風景を定着させたものに過ぎませんが、三輪さんの活動を理解するためのマップとして、何某か参考になるのではと考えます。
横軸は、意識の前段階である(無生物的な)自己組織化・生命の段階から、意識については主としてダマシオの説に従い、原意識/原自己→中核意識/中核自己→延長意識/自伝的自己の3段階に分け、更に、ジェインズの二分心の仮説を考慮して、中核意識/中核自己→延長意識/自伝的自己の途中に二分心の段階を含め、更に、カーツワイルなどのポスト・ヒューマンが持つであろう意識のレベルを右端に置いています。
また、個体発生の段階としては、チャン・ドゥク・タオの説に大まかに拠っていますが、対応は厳密なものではありません。
縦軸は、古い時代についてはチャン・ドゥク・タオの説による区分を示し、概ねジェインズの二分心の時代以降については、藤井貞和さんの物語論的な区分を示し、人工知能研究が始まった1950年代以降は、概ねカーツワイルに拠っています。年代も示していますが、当然のことながら、特に古い時代については学説によって大きく変動があるため、単なる目安に過ぎません。示した年代の選択に根拠があるわけでもなく、単なる一例を示しただけです。当然ながら、各学説・理論のカバー範囲については、年代で合わせているのではなく、年代の違いは無視して、こちらも極めて大まかな対応に過ぎないとはいうものの、意識の段階の方で合わせてあります。
表の下の凡例にある通り、色分けの意味は、それぞれの学説・理論がカバーする範囲を大まかに示したものです。ただしこれも明らかなように、それぞれの学説・理論が扱う範囲には、中心的な部分と周辺的な部分があり、周縁についての濃淡は程度の問題ですから、ここで示した範囲はあくまでも目安に過ぎません。また、以下のどれに属するのかの分類もまた、明らかな場合もありますが、アドホックな場合もあります。例えば藤井貞和さんの区分は、寧ろ編年的な区分を廃し、それぞれが重層し、通時が共時に入り込む様相を示すことに重点があるので、ここでの表現ではその意図を反映できていません。
青色:どちらかというと通時的で、⇔で示した対象の時代のみ意味があります。
緑色:どちらかというと共時的で、箱の幅で示した意識レベルのみ意味があります。
金色:⇔で示した対象の時代と箱の幅で示した意識レベルの両方に意味があります。
橙色:大まかに箱の位置により、対象の時代・意識レベルを示しています。
また、通時軸の下側には、上記の意識レベル・対象の時代にマップすることが困難だけれども、意識の問題と関連が深かったり、三輪さんの活動を理解するために重要と思われるものを示しています。その中でも時間論は意識の問題との関わりが非常に深い領域ですので、下に独立させて緑色で、対象の意識レベルを大まかに示すことにしました。
説明
1.1. この表は何を目的としているのか?
三輪さんの活動を理解するための主観的なパースペクティブのチャート化(darstellen)。
まずは自分の立ち位置からの展望を伝えたい。
オリジナリティはない。他者の声の交響する空間が「私」であることの表示。
意識に関係した様々な理論や学説を一覧
乱暴ではあるが学問領域・諸学説の横断を試みる。
諸学説の間に整合性があると考えているわけではない。
各学問領域について、網羅的でないし、網羅的であることを意図していない。
三輪さんの活動に応答するための準備作業:議論のきっかけになれば…
⇒「三輪学」の提唱。
1.2. この表は何を表しているのか?
横軸:共時的・階層的・個体発生における発達の段階(右に行くほど高度)
縦軸:通時的・物語論的・系統発生的な進化の段階(下が古く、上に行くほど新しい)
基準準拠枠
歴史的フレーム:ジェインズ「二分心」(bicameral mind)仮説からカーツワイル「シンギュラリティ(技術的特異点)」(technical singurality)まで。過去方向へは更にファインバーグ・マラット『意識の進化的起源』で遡行。
脳神経科学的なフレーム:ダマシオ『自己が心にやってくる』:原意識/原自己→中核意識/中核自己→延長意識/自伝的自己
進化論的・発生論的フレーム:
系統発生軸:藤井「物語論」:古代歌謡・「フルコト」・「物語」
個体発生軸:やまだ「質的心理学」:「うたう」・「ものがたる」の重視(cf. ピアジェの認知機能発達モデル)
チャン『現象学と唯物論的弁証法』⇒ 構成主義的ロボティクス(喜多村『ロボットは心を持つか』)で参照。
※共時/通時を対立的に捉える立場をとらない。藤井貞和さんの区分は、考古学的・歴史学的編年を廃し、それぞれが重層し、通時が共時に入り込んむ様相を示し、構造に動的過程を読み取ることに重点がある。
1.3. この表は何を意図しているか?
「二分心」以降「シンギュラリティ」以前を1つのエポック:「意識」の時代=「隠れたる神」の時代として扱う。 ※ここでの「意識」はジェインズの定義に従う。「延長意識」を備えた「自伝的自己」の水準。
「意識」に対するアプローチ:「自伝的自己」を自明視・普遍化・絶対化せず。神秘化せず、歴史化・自然化するが、消去せず。
意識についての学(A)。意識にとっての/のための学(B):人文学との関係:昔はどちらも人文学。今は(A)は人文学から離れつつある。⇒だが(B)は残る。(A)も、自己参照性・再帰性の構造(cf. 解釈学的循環)が残る。※ 人文学の絶滅を示しているわけではない。
2.1. 幾つかの理論についての注記
複雑系について:カオス力学系やオートポイエティックなシステムのような複雑系は、伝統的な「科学」の対象外。
カオス力学系:微分不可・解析的に解けない(「病的」)・決定的だが予測不能(精度の問題)。
スケジューリング:効率的なアルゴリズムが原理的に存在せず、現実的な時間での求解不能。
→シミュレーションや構成主義的アプローチの有効性(nachkomponierenへ)。
→新しい数理的「語彙」の必要性。(フラクタル、非線形力学…)
→量子計算によるブレイクスルーのようなパラダイムチェンジの可能性も。
「シンギュラリティ」をめぐって
深層学習はブレイクスルーだが、「シンギュラリティ」は現時点でのAI技術だけでは到達不可能。
AIは生物でない。記号接地問題とフレーム問題は遠近法的倒錯の産物。記号接地問題とフレーム問題はアフォーダンス主体としての生物にとっては存在しないが、「意識」を備えた人間は、病理的な状態では直面しうる。(cf. 統合失調症、自閉症…)
AIの「鬼子性」について
AIは定義上「人間を尺度とする」。それゆえ複雑系を扱うことになる。構成主義的な工学的アプローチが有効。(→nachkomponieren)
正統的な工学からの懐疑:道具主義的な工学にはなれない(そうなったらAIではない)。
ポスト・ヒューマンと言っても所詮は「人間」が尺度→AIの研究は「人文工学」そのもの?
「シンギュラリティ」の向こう側ではアントロポモルフィスムは成立しない?→我々は手前にいる。
2.2. 「二分心」についての注記
「二分心」は理論的極限と見做すべき。「自伝的自己」も同様。(プロトタイプ論:連続的で中間にはスペクトルが存在)常に両者の間のゆらぎが存在するが、巨視的には「二分心」から「自伝的自己」へという軌道。
※ダマシオの階層では「中核意識」はあるが「延長意識」はまだない段階に対応?
「二分心」に関連する幾つかの学説
個体発生軸:
フロイトの第2局所論(「エス」・「自我」・「超自我」)⇒「自我」の確立以前?
ラカンの鏡像段階論、シェーマL。
やまだようこの発達段階論:「うたう」「みる」「とる」の3角形から「ものがたる」へ。
系統発生軸
ホロビンや加藤敏の統合失調症についての進化論的考察。
レヴィ=ストロース「双分組織は実在するか」(『構造人類学』所収)…双分制は理論的極限。
アドルノの『啓蒙の弁証法』におけるオデュッセイア論。
藤井貞和の物語的時代区分:「神話紀」「昔話紀」から「フルコト紀」「物語紀」へ。
バンヴェニスト=國分功一郎:「中動態」。
※「二分心」は左脳・右脳の非対称性・機能分化に注目。バランスの変化として捉える。
「二分心」は過去についての仮説か?
ジェインズは考古学・文献学的検討から、3000年前(B.C.1000)を劃期としている。詩・音楽・憑依・催眠は「二分心」の名残り。「神」の起源は「祖先の霊」。
「中動態」も過去の印欧語についてのトピック。
※ 始原状態への一方通行の遡行であってはならない。「意識」を安易に手放してはならない。「ありえるかもしれない心」の仮説と看做しても良い。(進化の別の分岐。Siliconの心…) 予測困難な「シンギュラリティ」の先の検討のヒントとしての異なる「心」の様態の一モデル。
「二分心」と意識を分けるものは何か?
かつて通過した劃期=シンギュラリティの探求。
言語の果たす役割:象徴機能。
時間性の問題:現在から断絶した(把持では扱いきれない)過去・未来。
補綴性:生物としての器官だけでは「意識」の成立には不十分?
共進化による非可逆な逓増過程(「冷たい社会」→「熱い社会」)?
※「二分心」が否定されても、「意識」の発達・進化の階層モデル自体は有効。
3.1. 三輪さんとの関わり
「極東の架空の島の唄」:「ありえたかもしれない」、可能世界、仮想性、想像力、創造性。
メディアと身体:メディアの両義性。メディアの補綴による喪失と獲得。「器官=障碍」。誰でもないものの声:声なき者の無念を「うた」うべく、「うた」の不可能性にあって、「うた」にこだわる(beschwören)⇔ 「デジタル部族」としての新たな「身体」の獲得。
未来への預言:「中部電力芸術宣言」「感情礼賛」「ひとのきえさり」
逆シミュレーション音楽:それまでの実践の総合としての構成主義的シミュレーション。
人間による身体的実践の重視。鳴り響く音響ではなく、身体的な手順の指示。
由来(「…という夢を見た。」):物語的存在としての人間。祭祀性や儀礼性の重視。
「心から心へ」の拒否。修行的な側面。悟りの拒否。(cf.道元「修証一等」)
※「逆シミュレーション音楽」は「AI芸術は不可能である」ことの端的な説明。
3.2. 議論:新たな語彙の獲得に向けての幾つかのトピック
意識の2つの階層は共通認識:「原意識→中核意識」と「中核意識→自伝的意識」(ダマシオ)
・中核意識の成立についての共通認識はできつつあるが、自伝的意識についてはこれから。
・中核意識に関する共通認識:再帰的なメカニズムの必要性。
・ループが閉じることによる「自己」が生成についてはほぼ共通認識。
・自伝的意識:まだ検討段階 ← 「うたう」の無視・「他者」の不在が原因。
・意識の中断を乗り越えるには?「今・ここ・私」から離れて「不在/他者」を扱うには?「ありえたかもしれない」を「ものがたる」がどうして可能か?
・補綴性:自伝的自己の成立の基盤としての文字・言語・道具・記憶媒体。文化的進化(「ミーム」「表象の疫学」)のメカニズムは生物学的進化とは異なる。意識についての様々な理論の限界 → 「シンギュラリティ」に関する様々な誤解の原因
・神秘主義の不毛。消去主義、機能主義、認知主義、自然と文化の分離の限界。
・アフォーダンスの有効性:「意味」の立ち現れ。記号接地問題&フレーム問題の解消。
・自伝的意識の維持=成立のためには、他者との出会いの反覆(ツェラン)が必要。「暗黙知」へのアプローチ:「わざ言語」は分析の対象に過ぎず、分析の道具たりえない。
⇒ 身体への記憶(手続き的記憶)の構成メカニズムの問題として捉えるべき。分類・記述ではなく、仕組みを考えるための語彙が必要。
⇒ ex. 「構造」:群論の適用。「複雑系」のための数理的道具は?意味:数理は意味と独立。意味を取り戻すのは「意識」のための/にとっての学でないとできない。
「ブリコラージュ」(cf. nachkomponieren):最先端の科学理論の領域でも…。
4.1. これまでの発表への応答
岡田暁生先生「「話したい人」と「見せたい人」と「やってみたい人」と―人文工学としてのアートの可能性を考える」(2019.4.7)へ
「人文工学」の定義:beschwörenに到達するために、darstellenを通じてnachkomponierenする。
やまだの「うたう」「みる」「とる」の三角形との対比は?
うたう~beschwören/ みる~darstellen/とる~nachkomponierenずれに注目することでdarstellenの裏側、nachkomponierenが孕む危険が浮かび上がる。
瀬戸口明久先生「ビッグデータ入門」(2019.6.14)へ
データに埋没することは、「意識」の時代=「隠れたる神」時代の「宿命」ではないか?
観測の問題。認識=観測も対象への働きかけであり透明であり得ない。
プライヴァシーの問題:現実の法体系は「有形物」「主体」モデルベースでまだ動いている。
簡単に「主体性」を手放すことはできない。⇒「私はどこまで私かに」ついての再検討。
範囲の見直しの方向:「アフォーダンス」(ギブソン)。「補綴性」(クラーク)。
再定義の方向:意識の発生機構としての「再帰性」。オートポイエーシス的「閉鎖性」。
4.2. 提唱(まとめに替えて)
「人文学」への提唱
(A)「意識にとっての/のための学」として:「科学」的なアプローチが原理的に困難
・意味を扱う学。可能世界・物語性⇒創造性・新しさ。
・「他者論」:科学には(「意識」を備えた主体としての)「他者」は存在しない。
・生物学的基盤・制約を共有する存在への共感:種間倫理。
・主客対立以前・無意識・自然への回帰ではない「意識」の宿命の引き受け。
・「反逆」(ダマシオ)としての「無限のはじまり」(ドイッチュ)。
・文化的進化過程の逓増性による暴走の危険に対する「賢明な破局論」ドゥピュイ)。
・「シンギュラリティ」への漸近に伴い、寧ろ主体性の問題はクリティカルに。
(B)「意識についての学」のレフェリーとして:「科学」的なアプローチの限界
・AIをまともに扱おうと思えば、人文系のアプローチは必須。
・統計的発想では扱えない領域へのアプローチ… ex. 創造性・天才。
・モーツァルトを模倣することか可能でも、もう一人のモーツァルトにはなれない。
・beschwörenに到達するために、darstellenを通じてnachkomponierenする。
・仮説とシミュレーションによる検証による相対主義の克服。⇒「人文工学」へ
(C)beschwören:「他者」の歓待・迎接としての
・「私はどこまで私かに」ついての再定義:アフォーダンスと再帰性がポイント。
・「他者性」の拡大への対応:AI、ポストヒューマン、地球外生命…
・「人間」概念の外部。生物学的基盤すら共有しない存在。性なき・死なき存在。
⇒ 「人工物」の存在論。「情報」の存在論。
「他者」に対する想像力は「人文学」の領分。「他者のためのデザイン」(久保田晃弘)。フォルマント兄弟への提唱:呪言、囃子言葉…(非意味的次元への注目。メリスマ、シラビック…)
・「AIはbeschwörenできるのか」。
・「うた」が「声」に先行する、あるいは「声」は常に/既に「うた」である。
・停止した祭祀のヴァーチャルな復活(cf.三輪=藤井=リッチズ「ひとのきえさり」)ToDo① 「個別学」(Mathesis singularis:ロラン・バルト cf.ライプニッツ「普遍学」)
・一回性のもの、統計的には例外、測定・数値化が(さしあたり)困難なものが対象。
・「ブリコラージュ」。個別的なもののための領域横断的な総動員。⇒或る種の総合性。ToDo② 「うたう」「ものがたる」の時間的構造の解明。
・時の逆流:エントロピーの縮小。秩序形成。ゆらぎの役割。超越。創造性。他者との出会い。
・速度、同期/非同期に注目→ハードウェアの素材差は本質的(ダマシオ:Siliconの心の否定)
・同期現象、引き込み現象などについての力学系理論が出発点(ブサーキ『脳のリズム』)
・「ステップ推論」(津田)、津田=スマリヤンの推論の階層と自意識の発生モデル。最後にもう一度「三輪学」:
・「二分心」以降「シンギュラリティ」以前の「意識」の時代=「隠れたる神」の時代をカバー。
・「音楽芸術」の最もラディカルな定義。
・「AI芸術の不可能性」。
・nachkomponierenを通じた、beschwörenの回復。
・「人文工学」の拠点。
(2024.12.3 noteにて公開)