見出し画像

備忘:マーラーの音楽における「老い」についての論考に向けての準備作業 (5)

 トルンスタムの「老年的超越」の概念は、西欧的な自我観と密接な関係のある所謂「活動理論」を前提とした「アンチ・エイジング」の議論に対して、それに対立する「離脱理論」寄りの考え方として、だが単なる「離脱理論」に留まらない射程を持ち、ジンメル=アドルノがゲーテに依拠して述べる「現象から身を退く」こととしての「老年」への接続可能性を持つもののように思われるので、ここでの検討に値すると考える。例えば既述の能楽における「老い」の形姿と重ね合わせることができるのではないか、

 その点で留意するに値するのは、世阿弥が『風姿花伝』において能役者の生涯における三回の「初心」について述べる中で「老年の初心」について述べていることだろう。そもそも能楽には「老体」の能と称される演目があり、「老女物」の能を演じるのは能役者にとっての生涯の目標であり、かつては奥伝として特に許された者以外は生涯演ずることが叶わなかった程である。そしてそうした最終目標の演目において能役者が演じるのは、小野小町の老残の姿と心持ちを扱った作品(『卒塔婆小町』を始めとする所謂「小町物」)であったり、棄老伝説を踏まえた、今日的には残酷ともとれる状況を扱った作品(『伯母捨』)なのであって、役者として「老年の初心」を経て初めて到達できる境地と、そうした「老い」を主題とした演目との間に深い関りが存在することは、そうした作品の最高の上演に幾度か接すれば自ずと得心されるものであろう。

 私はこのことを単なる一般論として述べているのではなく、香川靖嗣師が演じた『伯母捨』(2013年4月6日)、『檜垣』(2019年9月14日)の老女物二曲に加え、老人の物狂いの能である『木賊』(2015年4月4日)、或いは老体の修羅能『実盛』(2010年4月3日)、更には「卑賎物」と呼ばれる罪業により地獄に落ちた老人の苦患を扱った「阿漕」(2000年6月10日)、「綾鼓」(2008年11月23日)、そして、それらとは全く異質であり、能にして能にあらずと言われるように、実際には「舞台芸術」ではなく「祭祀」そのものである『翁』(2003年1月5日)といった圧倒的な名演の数々を幸運にも拝見できたという具体的な経験に基づいて記していることを特に強調しておきたい。そうした観能の経験もまた、私がそうとは気づかずに断続的に行ってきた「老い」についての思考の枢要な導き手であったことを今、改めて認識し、そうした上演に立ち会うことができた僥倖に感謝せずにはいられない。ここでは「死」とは異なる「老い」の固有性が、そのマイナス面も含めて決して否定的に扱われることなく、だがそこから目を背けることもなく、真っ向から取り上げられているのである。

 上記のような点を踏まえた時私は、特に『伯母捨』のシテの存在の在り様を「老年的超越」に重ね合わせてみてはどうか、ということを考えたりもするのである。勿論、第一義的には「老年的超越」は社会学的に定義された概念であり、多数の高齢者に対してインタビューシートに沿った質問をして得られた回答を統計的に処理して高齢者に有意に特徴的であるという結果が得られたものではあるけれども、それを説明するのに「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への変化のこと」(増井幸恵『話が長くなるお年寄りには理由がある』, p.96)とされたり、「自己概念の変容」「社会と個人との関係の変容」「宇宙的意識の獲得」が三つの柱であるとされる(同書, p.98)ことから明らかなように、それはボーヴォワール(/サルトル)風には「世界・内・存在」としての個人の存在様態に関わるものであるが故に、寧ろ個別の具体的な作品に提示された人物像であったり、特定の個人の作品に映り込む意識の在り方を検討する際の手がかりになりうるのではなかろうか。一方で「世界観の変化」と言われ、「変容」、或いは「獲得」と言われるのは、一つにはそれが西欧的な自己観を基準にとっているからでもあり、それ故そのことはまた、マーラーの場合について言えば「晩年様式」が「異国趣味」という「仮晶」を必要としたという点にも関わっているに違いない。そもそも「異国趣味」がマーラーその人にとってどこまで借り物であったものか?マーラーの中には、インド哲学の影響が著しく、意志の否定を説くショーペンハウアーを皮切りに、ゲーテ(『西東詩集』West-östlicher Divan)、東洋学者でもあったリュッケルト、フェヒナー(『ツェント・アヴェスター』Zend-Avesta)、そしてハンス・ベトゲによる漢詩の追創作と、東方的なものに対する関わりが一貫して流れているのである。トルンスタムの「老年的超越」自体、東洋思想の影響の下で編み出されたものであるようだが、マーラーの側にも東洋的な諦観を、俄か仕込みの借り物としてではなく受容する素地があったのであれば、マーラーについてもまた「老年的超越」とその「晩年様式」とを突き合わせることは、表面的にそう見えるほど突飛なことではないのではなかろうか。

 西洋と東洋、ということであるならば、ボーヴォワールが『老い』の一番最初、「序」の冒頭で仏陀のエピソードを提示していることをどう受け止めたらいいのだろうか?本来これは、いわゆる「四門出遊」のエピソードの一部であり、それは後に「初転法輪」において四諦の一つである「苦諦」としてまとめられる「四苦」、即ち「生老病死」に若きシッダールタが直面した機会の中の出来事の筈である。私は仏陀の様々なエピソードに子供の頃から親しんできたので何事もなく通り過ぎてしまったが、改めて考えると「死」についてはあれだけ饒舌な西洋における「老い」に対する或る種の無視、特にそのマイナス面から目を背け、「老い」に対峙しようとしない姿勢に対して告発調なところも感じられなくもないボーヴォワールの口調を思えば、東洋においては「老い」について、その否定的な側面も含めて、少なくともそれを正面から取り上げようとしているのだということが告げられているようにも受け取れる。にも拘わらず本論になるとボーヴォワールは非西洋的な「老い」についての認識については「外部からの視点」と題された第1部の中でも「未開社会」の章の中に押し込めてしまっている。第2部のボーヴォワールの「世界ー内ー存在」としての、内側からの視点についての分析には興味深い点も多々認められるが、それに「序」の出だしにあえて仏陀を持ち出したことがどう影響しているかという点になると必ずしも判然とはしない。実際にはサルトルの「自我」の捉え方(特に『自我の超越』のような初期におけるそれ)には非西洋的な見方に通じる面もあるのだが、それが西洋的な視点に対する批判の拠点となり得ているかどうかについては限界があるように感じられる。

 これも既に『大地の歌』に関して何度か指摘していることだが、謂われるところの「異国趣味」について、自分が西洋から眺めた時に中国の更に向こう側から、逆向きに中国を眺めていることについて意識的であれ無意識にであれ無頓着である議論は大きな欠落を抱えずにはいないだろう。日本人が聴いてさえ耳につく『大地の歌』中間楽章の中国趣味にしてからが、日本人が聴くそれと西洋人のそれが同じであると思い込みことはできまい。だがここでは更に「老い」に関する認識の洋の東西の違いというのが加わることになる。一方でそれは「現象から身を退く」という両者共通の事実に対する両者の認識態度の違い(図式化すれば「活動理論」の西洋と「離脱理論」の東洋)なのだが、「現象から身を退く」際に依拠する「仮晶」として「東洋」、その中の「中国」がどのように機能するか、そもそも同じように「仮晶」たりうるのかという問題を引き起こさずにはいないだろう。そしてアドルノがその認識を記した半世紀前(それはマーラーが没してから半世紀後でもあったのだが)ではなく、更に半世紀後(ということはマーラーが没して1世紀後)の今日の、シンギュラリティを現実的なものとして議論することを可能にするような技術的状況下にあっては、そうした状況における宇宙と技術の多元性への可能性を検討した『再帰性と偶然性』のユク・ホイが、その思索の出発点において「技術への問い」に関して行ったような逆向きからの展望(『中国における技術への問い』)を、この文脈においても適用する必要があるだろう。(但し、この文脈においては、「東洋思想」という括りではなく、更に中国を挟んで反対側の極東の島国からの展望を剔抉すべきかも知れない。位相は異なるが、こちら側からも「仮晶」の論理が存在しており、しかもその位相は中国との関係の変化に応じて変容していると考えるべきであろうからである。とりわけてもここで、まさに「老い」についての認識が問題になっているからには一層この点は強調されるべきことに思われる。そう、私個人の記憶を辿っても『大地の歌』に出遭った時期、私は、李白、杜甫、王維など盛唐期の詩人のそれを中心とした漢詩にのめり込んでいたのだが、とりわけそれらに詠み込まれた「老い」の形姿が(気づいてか、気づかずか)逆向きに映り込むことは当然のこととして避け難く、特にそれは第1,2,6楽章の聴取に影響したし、現在もその影響は続いている筈である。そして更に今日、同じ(ジェインズの言う)二分心崩壊以後のエポックの中にあって、だがいよいよシンギュラリティが近づいている現時点で、改めてそれらの総体を今日の展望の下に位置づけなおす必要があるのを、我が事として感じている。)

(2022.12.7-8 公開, 2023.3.16改稿, 2024.12.18 改稿, 2025.1.3 noteにて公開)

いいなと思ったら応援しよう!