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断片X ヴァーチャリティに関する補遺

 ある場所を訪れようとしたとき、どのような技術的手段が可能かに ついての状況は、ネットワークの発達前と現在では大きく 異なっているように見えます。かつては地図・書籍といった情報や 既にその場所を訪問している人の話を直接聞くなどといった かたちでしか情報収集はできませんでした。

 今は地図はPCでかなり詳細なものを見ることができて、 住所を入れれば場所が特定できるのし、行き方も所要時間も 事前に調べられますし、Webには大抵、その場所を訪れた人の 記録があるので、事前調査は非常にやりやすくなっていて、 時代の変化を感じますが、それ以上に、最近はStreetViewに よって、場所によっては、車窓からの風景を自宅のPCで確認できる ようになっていて、こちらは「現実」というものの把握に対して インパクトがあるのを実感しています。

 地図や文字はいわゆる「記号」だし、写真は静止して被写体が 決まっているという点で、現実そのものというより、イコンに近い。 (特に墓や碑、寺や神社などが被写体になる場合は、その性質上、 それがどんな文脈に埋まっているかについての情報は副次的な ものになります。それらが「公共物」であるというのも実は 重要なことであるような気がします。)

 それに対してStreetViewというのは、しばしばプライバシーの 問題が議論されるように、空間的な移動による知覚がそのまま 記録・再生できるから、文脈にあたる情報まで含まれてしまっている。 被写体は基本的には公共物として認知されたものではないものも 含まれえます。なにより「移動」しながらの知覚という、 アフォーダンスのための重要なファクターが取り込まれており、 視点の変更、展望の切替なども可能であって、リアリティの レベルが異なるように思います。

 車が通れて、かつ実際に一度カメラを積んだ車が通った場所なら、 それがどんなに遠く離れていても、あたかもその場に自分がいて、 眺めるように風景を見ることができる。 勿論細かい話をすれば、カメラの高さは私の身長よりも遥かに高い し、撮影はある特定の日の特定の 時刻で、季節や天候等の条件は偶然に定まってしまったものです。

 それでも、非常に自分にとって身近な人でありながら、非常に 離れたところに住んでいるために、相手が住んでいる場所が どんなところであるかをお互いに知らない人がいたときに、StreetViewによってその人が、私が現在住んでいる場所や その周辺を確認することもできるし、逆に、まだ訪問したことの ない相手の自宅の周辺がどんな様子かを私はPCで確認できて しまうわけです。これは実際に確認すると、かなり衝撃的な ことと感じられますが、その衝撃のよってきたる所以を確認 することは重要なことではないでしょうか? (勿論、これには効用もあって、例えば、未だ訪れることのない遠隔の地に住む友人が住んでいる一帯が洪水の被害にあった折、リアルタイムというわけにはいかなくても、友人宅の周辺の地形が、その場所が被災を免れたであろう高台であることを確認する、といったことも実際に経験しもしたのですが。)

 透谷に関して言えば、現時点では、小田原の唐人町の生誕の碑、 森下の「幻境」の碑、そして銀座の泰明小学校の記念碑の3つは、 車道から見える場所にあるので、自宅でヴァーチャルに訪問できて しまいます。一方それ以外のものは、公園や神社・寺院の中にある せいで、近くまでは行けても、確認はできないようです。

 もっともそれらもまた過渡的なもので、今後どんどんそうした ヴァーチャルな現実は厚みを増していくのだろうと思います。 視覚以外のモダリティも加わるかも知れない。もっとも、 恐らく私が生きている間には、実際に自分がその場を訪れること とのギャップは埋まってしまうレベルまでは到達しないだろう とは思いますが、、、

 同じ場所をリアルに訪れてもそうそうは興味が尽きてしまうことは ありません。訪れた場所の地図を自分の頭の中に築き上げるのは、 その場所を違った方向から、以前は目にしながら通らなかった道を 通ることによって一筆書きの線が平面の中に位置づけられることに よって可能になります。三叉路、交差点、五叉路において、 その都度一つどの方向かを選択しなくてはならないことなどから、 通ることができなかった道、あるいはまた、後で地図で確認すると 存在しているのに、その時には気付かなかったり、あるいは 気付いていても、私道であったり行き止まりであったりする 可能性により排除してしまった道を、日を改めて歩くことによって 道のネットワークが自分の中に出来上がっていくプロセスを経て、 その場所を見慣れたものにしていくのです。 同じ場所に到着するのにも幾つものやり方があり、その都度、 同じ場所が違った姿を見せることを経験できます。勿論、それには、 季節の変化や天候の違い、時間帯の違いといったものも加わり、 全く同じ風景を見ることは決してできないのです。

 そしてそうした世界の無限の豊かさの応酬として、私の有限性に応じて、 自分が何を見たか(逆に見なかっものは何か)によって、(消極的なものであれ) 「選択」の仕方の唯一性、一回性というものが手元に残ることになります。

 一方、現時点でのStreetViewを何度も訪れることはないでしょう。 撮影車が通過した道路のネットワークを一度辿ってしまえば、 次に見るのは、前回と全く同じ映像でしかありません。 リアルには別の日に、別の方向から以前訪れた交差点に侵入すれば、 以前訪れた道が異なった展望の中に出現する筈ですが、StreetViewでは、 以前訪問した時の風景が再現されるだけです。少なくとも現時点では、 StreetViewによるヴァーチャルな訪問は、非常に貧弱な経験の厚みしか 持ち得ないのは否定しようのない事実です。

 そしてそこでは、リアルな訪問であれば可能な、経験を重ねることによって、 ますますその場所に対する記憶を豊かなものにしていくことが禁じられて しまっています。そこでは私が自分を形作っていくこともまた、 できません。もっとも優れた演奏の録音を何度も聞く経験もまた、 ある次元の豊かさを備えてはいますし、それがStreetViewにも起きないとは 言えないわけですし、実演になかなか接することが出来ない状況との アナロジーでいけば、リアルに訪れることができない場所についてなら、 StreetViewで何度も訪れること自体が豊かさをもたらすこともありえるかも 知れません。けれどもこちらもまた、生演奏の経験の多様がそうであるように、 リアルな訪問の経験の多様は、自分の向こう側での出来事の一回性との 遭遇という点において、StreetViewの、せいぜいが自分の側の経験の 一回性とは大きく異なっていることは否定できません。 そして、それは経験する私の構築にも直接関係します。

 多世界の重なりのうち、実際に私が選択する経路はたった 一つであり、しかもそれは、それ自体が自分そのものに他ならない、 そうした経路の累積としての記憶により水路づけられているわけです。

 勿論記憶の中には、社会的・文化的なものが含まれます。 そもそも私が色々な場所を訪れたのは、そこを透谷がかつて 訪れたから、訪れた可能性があるからであり、ここでいう透谷は、 私の中にいる彼、その著作や研究文献、そして、ここのところの小田原、 町田、八王子、五日市の散策の記憶もまたそれを構築する一部である、 私の中のヴァーチャルな透谷なのです。勿論、同じ文脈で SteetViewの風景を眺めることだって可能ですが、訪れるたびに 反復される同じ風景は、そうした文脈を剥ぎ取られた、抽象的な ものであり、私の文脈から見える風景と一致しないどころか、 それがまさに常に同じものの反復であるという点において、 私の文脈からはどんどんずれていってしまうものなのです。

 そして勿論、透谷その人が、そうした事情を100年以上 前に正しく把握していたことは、例えば「三日幻境」と いう彼の遺した文章が雄弁に物語っています。

 彼がそこを訪れたのは、秋山国三郎という人物が そこにいたからであり、そのことが「風景」の質を、 その場所の価値を一変させるということを記しています。 小田原が回想の、過去の故郷なら、川口村は希望の、 未来の故郷であることの根拠に、そこで透谷を 歓待してくれる他者の存在があり、他者こそが未来と いう時間性の根拠であるという現象学的・存在論的 時間論が示す構造を直観的に把握していたのです。

 序でに言えば私が見た風景は透谷の見た風景を、 1世紀の隔たり故に全く異なったものである筈です。 そもそも墓や記念碑自体が、その差異の最も著しいもので しょうが、その一方で、そうした墓や記念碑によって 継承される場所の記憶があり、それは今回の私のように、 透谷のことを想起し、その場所を訪問するきっかけ、 その記録をこのように記すことによって透谷の記憶を (そのままではなく、自分の経験として変形させた上で) 継承しようとする契機ともなります。

 幸いなことに現在でも森下は、少し車道を離れて StreetViewの視界から外れれば、往時を偲ぶきっかけに 事欠かない風景が残っているように感じられました。 (StreetViewが己を生み出したテクノロジーの もう一つの成果である舗装された車道という メディアに束縛されていることは、それ自体分析する 価値があるように思えます。StreetViewという 「存在」は、それ自体、自分の「風景」を持って いるといった、人工物の存在論が構築されうるように 思います。そしてそれは、StreetViewの今後の技術的進化に よって変化していくでしょうし、それがいずれ、「人間」の 「風景」と区別のつかないものになっていく可能性も あるでしょう。)

 無色透明な風景はなく、人間がその中に埋め込まれている 風景は価値に彩られていること、その中に自分を 歓待する「他者」がいる地点が時間論的には「未来」が 湧出する場所であって、場所により主観的経験の 時間の流れ方が異なること、そのことをここのところの 週末の散策で明確に認識することができたように 思います。そして、それは自分にとって、或る種の 「巡礼」といった意味合いを持っていたように 感じられます。「巡礼」というのは、「儀礼」的な 側面があり、しかも独特のマクロ時間的な構造と ミクロなテンポとリズムを持ち、空間的な移動を 伴います。そのリズムと広がりは、良きにつけ悪しきにつけ、 非常に人間的なものだと思います。

 勿論、テクノロジーによる速度や距離の獲得により、 人間的なもの自体が動いていくこともまた、否定できません。

 今では非常に貧弱な経験の記憶でしかないStreetViewの 風景も、将来、ある人が見たものの記憶がマルチモーダルで記憶され、 再生可能になるといったことが(そのことの価値はおいて) 可能になるかも知れません。

 今は自明である生物学的なヒトとしての個体の寿命の束縛もまた、 今のところこの点での変化のスピードは相対的に遅いものの、 カーツワイルのような特異点論者の言う技術的特異点の向こう側では その限りではないかも知れず、スケールが変わる可能性も あるでしょう。

 すると、そうしたアーカイブが可能となる前の時代は、 未来から眺めたとき、歴史無き「先史時代」ということに なるのかも知れません。文章やせいせいが写真といった 「化石的な」記録手段しかなかった時代として、 透谷の時代は勿論、20世紀の後半もまた、捉えられるの かも知れません。その時には、リアリティと ヴァーチャリティの定義は、大きな変更を余儀なく されるのでしょう。その時、「巡礼」の意味も変わっていくでしょう。 個の限界を超えた経験の集積が可能になるとして、それが一体どのような ものであるのかはわかりません。しかしながら、 そもそも「巡礼」を成り立たせている、ある過去の個人に対する未来の個人の 追憶という時間論的構造が、ポスト・ヒューマンの展望の下では 喪われことにより、「巡礼」は、少なくとも今ある姿では成立しえなく なるのではないでしょうか?そのとき、いずれも先史時代の住人であった 点では同じである透谷はどこにいて、私はどこにいるのでしょうか? ポスト・ヒューマンの記憶の集積のどこかに、特異点の前の出来事の 痕跡として、今や不要になった方法として保存のみされるのでしょうか?

 そして21世紀の今日、その萌芽は既にあり、今は過渡的な時期なのかも 知れません。

(2014/8/10 公開, 2024.8.20 noteにて公開)

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