判断基準
京セラの創業者の稲盛さんの言葉に「判断に迷った時は人間として正しいかどうかで判断する」というものがあります。
私自身もサラリーマン時代にこの言葉に感銘を受け、判断に迷った時はこの基準で判断するようにしています。
「人間として正しいかどうか」とは、
・嘘をつかない(誤魔化さない)
・人に迷惑をかけない
・欲張らない
・人に親切にする
といったようなことで、子供の頃に親や学校の先生に教わった基本的なこと、人間として守るべきルールのことです。
経営をスタートすると次から次へと意思決定しなければならないことが発生します。
判断に迷う時も多々あります。
そのような時に、この稲盛さんの言葉を思い出して「人間として正しいかどうか」ということを自問自答するようにすると自然と答えが見えてきます。
「会社を存続させる為」「社員を守る為」とかは一見すると正しい判断基準のように思われるかもしれませんが、そのような目的の為であっても「人間として正しくない」と思えるものはやってはいけないということです。
そんなことは当たり前ではないかと思われるかもしれませんが、人間は追い込まれていくと自分の都合の良いように解釈しがちです。
大企業による粉飾決算やリコール隠し等はまさにこの典型かと思うのです。
「正直に公表したら会社が存続出来ない、そうなると従業員が全員職を失うことになる、従業員やその家族を守る為にも、ここは公表しないでおこう」といったような思考になるのではないでしょうか。
そんな時に稲盛さんの「人間として正しいかどうか」という言葉を判断基準にしていれば、「嘘はついてはいけない(他人を欺いてはいけない)ので正しく公表しよう」ということになると思うのです。
私自身は稲盛さんが創業した「京セラ」のように大会社には遠く及びませんが、こうしてなんとか会社が存続出来ているのも、常にこのシンプルな「人間として正しいかどうか」ということを判断基準にしてきたからだと思っています。
もっと言えば、この「人間として正しいかどうか」という判断基準で常に経営判断をしていれば、よっぽどのことがない限り、大会社には出来ないまでも会社を存続させることぐらいはできるのではないかと思っています。
自分は創業前にこの言葉に出会ってとても幸運だったと思っています。
新入社員時代に取引先の部長さんが稲盛さんの稲和塾の講演テープを私に貸してくださり、まずはこれを聞いて勉強しなさいと言ってくれました。
この出会いがなければ多分自身の会社は存続していなかったと思っています。
今でもとても感謝しています。