母はずっと壊れていた
「全部あんたが悪い」と、母はくり返した。
私とのケンカで娘が不安定になっていることも、弟夫婦が離婚直前であることも、向かいに住む夫婦の仲が悪いことも。
娘が不安定になっていることまでは自分事に思えたが、弟夫婦と、さらには母の向かいに住むご夫婦までが登場した下りで「これヤバいやつだ」と逆に冷静になった。
事の発端は私と長女との親子ゲンカ(?)だった。
ASDの傾向があるせいか、子育ての責任を負わず逃げてばかりいる夫が、「お前は怒ってばかりだ」と私を茶化したとき、珍しく長女が夫の味方についたのだ。
夫が6歳時のように騒ぐことには慣れ、怒るエネルギーも湧いてこないほど冷めているのだが、長女に対しては「日頃ここまで尽くしているのにここで手のひらを返すのか」という怒りが湧いた。
とはいえ40代に入って私の体は怒りを爆発させるエネルギーが足りなくなっていたし、ただ調子に乗っただけの長女に私の気持ちを説明するのも面倒で、無言で自室の扉を閉めた。
怒りが収まらないというよりアホらしくなったという方が近い状態だったので、全てを放棄して心と体を休めようと決めたのだ。
そして日が暮れても洗濯物を取り込むことも、夕飯を作ることもしなかった。
夫と長女はどうしていいかわからず昼食を抜き、コソコソと夕飯の相談をし始めたようだった。
やってはいけないことをしてしまったことに気づいた長女は、これまでとは違う私の怒りに困惑し、どうしていいかわからず祖母、つまり私の母に助けを求めた。
彼女なりに知恵を絞ったヘルプ要請だったのだろう。
「お母さんが怒ってどうしていいかわからないけれど、修学旅行へ行っている妹が帰ってきたとき、こんな状況ではかわいそうだ」と訴えたらしい。
まんまと長女の策略にハマって哀れな姉妹に泣くほど同情した母は私に電話を寄越し、涙ながらに「あの子たち(孫)がかわいそうだ」と言い始めた。
言い分はわからなくもないが、原因を作ったのは私ではないし、夫からも娘からも謝罪の言葉はない。私が先に口火を切らなければいけない理由もない。
そのことを説明しても、母は「私は離れたところにいて何もしてやれないのに不憫だ、あんたの怒りは理不尽すぎる」と言い募る。
「あんたにはわからないだろうけど、私にはあの子の気持ちがよくわかる」と。
思えばこのあたりから話はおかしくなっていたのだが、私としてはあんたがそれを言うか、という気持ちだったので、「では40年前に子どもだった私にした、あなたの仕打ちはなんだったのだ」と問うたのだ。
すでに70歳を超えた母を責めるにはすでに負荷が大き過ぎるだろうと判断してあきらめていたのだが、私の母は今でいう毒親だった。
私の弟(母の息子)を溺愛するあまり、弟が生まれたとき4歳だった私に愛情を向けるのをやめ、必要以上に厳しくするようになった。
さらには思い通りにいかない息子の育児でたまったストレスを、私が中学3年になるまでぶつけ続けた。
今から思えば完全に言いがかり、あるいは子どもならよくある失敗で私を責め立て、4日も5日も口を利かないことが何度もあった。
私は泣きながらごめんなさいを繰り返したが、おはようにもおやすみなさいにも答えず、ただ黙って食事を並べるだけのことが幼少期から学童期にかけては珍しくなかった。
そんなことを平気でやってきたあんたが何を言っているのか、という思いは強かった。
だからもう言うまいと思っていた「これしきのことであの子がかわいそうだと言うのなら、4日も5日も私を無視し続けたあんたの態度は何だったのだ」と聞いた。
それに対する反応が泣きじゃくりながらの「あんたにはわからない」であり、それをくり返しているうち冒頭の「全部あんたが悪い」が始まった。
母の大泣きを聞きながら、私は以前からなんとなく感じていた「精神的な病気」を確信していた。
娘とのトラブルを責められることはあっても、弟の離婚に私は無関係だし、母の向かいに住む夫婦などもはや赤の他人だ。
娘ではなく「私は」もっと辛かったとくり返すあたり、自分で抱え込んだ何かに囚われている可能性が高いのだろうと思ったし、それは恐らく幼少期に愛してほしかった祖母からの仕打ちを指しているということは、これまでの会話から予測がついた。
祖母は母と同じように息子を溺愛し、母をないがしろにしていた(らしい)。それを心底恨みに思っていたのか、恨みに思いながらそれでも愛情を求め続けていたのか、そうするうちに精神を壊したのだろう。
自分も同じことを娘にくり返したのは、無意識のうちに傷を癒そうとしたのか、それとも軌道修正することで自らの精神を満たしたかったのか。いずれにせよ母が負ったダメージは修復に失敗していた。
最初騒ぎ出したときは認知症の入り口なのかと思ったが、時間が経ってもそれ以降の発作は起きなかった。高齢になったからなのか、それとも私の母娘ゲンカがトリガーだったのか、抑え込んできた精神状態が表に出てしまったと私は理解した。
インターネットとわずかな本からの知識でしかないが、母の症状は「自己愛性パーソナリティ障害」という、人格障害の一種に近いことがわかった。ただ母程度の症状では、医師にかかってもそう診断されそうにないこともわかった。発達障害でいうグレーゾーンに位置するようだ。
私としては祖母が生きている間に母にはカウンセリングを受け、自分の症状をコントロールできるようになっていてほしかった。高齢になれば発症しやすくなる可能性があることはわかっていたが、それでも一旦消化できる状態にしてほしいと思っていた。ただあまりにも症状が軽いので医療機関でのカウンセリングは望めそうになく、民間には伝手がない。
パニックを起こさないように辛抱強く対話をしながら、できる限りの軌道修正をしていくしかないと思っている。
恐らく弟夫婦の離婚問題は母の自己肯定感を揺るがす大きな問題で、かなりメンタルを揺さぶられたのだろう。離婚すると聞いた当初は「そんなの許さない」とヒステリーを起こし、弟にガマンさせることで自分の納得できる道をつけようとしたが、失敗して自信を失くしている。
恐らくこれは、母の介護の入り口だ。
母はまだボケても弱ってもいないし、これは単純に家族の問題のようにも思えるけれど、時間をかけて理解し、精神を修復するには母は高齢すぎる。母の余生をどうコントロールしていくかという思いもかけない問題が起こったことに驚いたが、私は予想以上状況を冷静に理解できた自分にはもっと驚いている。
20代や30代の自分なら、対応できず怒ったり慌てたりしていたかもしれない。解決しようとせず、流れに身を任せることも選択肢のひとつだと思えるようになったことも、40代の良さなのかもしれない。
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