ココア

ココアといったら、バンホーテンのココア。

ご存知だろうか、
このココアは、少し手間がかかる。

鍋にココアパウダーと砂糖を入れて少量の牛乳を入れて弱火にかける。
牛乳を少しずつ加えながら、しっかり溶かす。
牛乳とパウダーが少しずつ混ざっていく。
鍋の中でマーブル状になっていく。

ここで焦って牛乳を注いではいけない。
ここがポイントだ。急に牛乳を入れるとダマになるのだ。
ダマにならないように滑らかになるようにしっかり練る。
ここさえおさえれば美味しいココアができる。

今の時代、もっと簡単なココアだってある。
わざわざ鍋を汚さなくてもマグカップと電子レンジでできるものもある。

だけど、ココアといったらバンホーテンのココアなんだ。

この香りを嗅ぐと思い出す。

私にとっては、十代の頃の思い出が詰まっている。


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彼が、キッチンに向かった。
私は彼が何をするか分かっていた。

手慣れた手つきで鍋にココアパウダーを入れた。冷蔵庫から牛乳を取り出し、目分量で入れられたパウダーが鍋にさらさらと音を立てて入っていった。

夕日がさす頃、彼は何も言わずに私の為にココアを作ろうとしている。

ココアが用意されるということは、私達にとって話し合いをする合図だった。

私達というか、私が話をしなきゃいけない合図だ。
黙り込んだ私を見兼ねて、彼はキッチンに行った。

椅子に根が生えるほど座っていた私も、諦めたようにキッチンに向かう。

キッチンが近づくと、ココアの匂いが体にまとわりついた。

甘くて、ほろ苦くて、あったかい匂いがする。

歳上の彼からしたら、私はとても幼く見えているのだろうか。

そんなことを思いながら、彼に背後から抱きつく。
私は顔をシャツと背中にくっつけた。
彼は何も言わない。
ただずっとココアをペースト状にしている。
腕の動きが振動して私まで微かに動く。

私は振動を感じながら、ずっと動いていて欲しいと思った。
止まらないで。何も言わないで。
その振動があれば、気付かれない。

うまく話さなきゃと思えば思うほど、
心臓が震えた。

さっきのココアの匂いより、彼の匂いをしっかり感じる。
彼の背中が私の吐く息でしっとりしている。

どれくらい時間経ったのか分からない。

もう牛乳がたっぷりと注がれて、腕の動きも緩やかになった。

ふぅーと息を吐いて、彼から離れた。
彼の横に立てば、覗き込まなければ私の顔は見えない。
見て欲しくなかった。

彼はずっと黙っている。

彼は私から話すのを待っている。

待っていてくれているんだ。

そう思うと、涙が溢れた。
言いたいことをうまく言えない自分に悔しくなった。
決して責められていないのに、自分で自分を責めた。
溢れてきたものがたくさんあって混乱した。

そんな混乱を知ってか知らずか、彼が火を消した。

鍋を横目で見ると、湯気がもくもくとあがってまたココアの匂いが舞った。
彼がココアをマグカップに注いだ。
一滴も溢さないように丁寧に注いだ。

熱々のココアを差し出す。

私はマグカップを持ち、ココアを見つめた。


うまく話せないだろう。
けど、ぽつりぽつり。
言葉をココアに向かって落した。

あのね、うまく言えないんだけどね。

震える声で話した。 


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母親になってから、あの頃をよく思い出す。
黙り込んだ息子は自分にそっくりだった。

息子は、何かを必死に堪えている。
決壊しないようにと体中が力んでいる。

そんな姿の息子を愛くるしいと思う。
彼が私をそんな風に思っていたかは分からないけれど。
私も彼みたいにココアを作るようになった。

今から、ココア作るね。
息子にそう告げた。

彼が作ってくれたように、丁寧に注ごう。

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