介護たたみと日本の議員 〜ありがちな話のわかりやすい展開
「社長、これご存知ですか?」
普段は熱い法令バトルを繰り広げている、役所の担当の方から、戦闘終了後の感想戦のときにこの謎の多いアイテムのことを教わった。
社長、と呼ばれたおかげで今回のタイトルを思いついたのだから、照れ臭い思いもしてみるものである、という余談はさておき。
「介護畳」である。
そもそも、介護保険における住宅改修において、畳というアイテムは、蹴球に例えるならば得意技が時代に合わなくなり、致し方なく去りゆくトップ下の10番、みたいな存在である。
住宅改修の中の一分野、床材変更においては
滑りの防止または移動の円滑化という理由に限り、給付の対象にすることが認められているが、残念なことに、畳はその特徴をあまり持ち合わせていない。良い特性をいっぱい持っているのだが、それらは介護保険とは関係がないのだ。
まず、畳は特殊寝台、いわゆる介護ベッドとの相性がいまひとつである。そこまで車いすや歩行器を使って移動する利用者にとっては、移動中に車輪がめり込んで転がり抵抗が大きくなるので辛い。
また車輪モノを使わず歩いて移動する人にも、畳の目の方向により滑りやすさが違うことが、立ち座りや方向転換の際の転倒の引き金になりかねない。
なので、そのような状況がある場合には、畳を外してフローリングや、合板下地の上にクッションフロアを貼ったりして、沈み込みや表面の滑りやすさを改善し、それらの問題を解決することができる。
だが保険者によっては、その給付範囲を移動に使う部分に厳密に限っていたりして、ベッドを置く部分は自費であるという判断になり、6畳のうち4畳分だけ給付の対象になります、みたいなこともある。そのくらい給付に至る判断は渋いのだ。
そしてそれ以外の、
床が老朽化してブカブカするだの、
転倒したときの衝撃が大きいから危険だの、
排泄物が染み込みやすいだの、
そういった理由での畳からの床材変更は、介護保険給付の対象にならないという事でもある。
介護保険で床工事の補助金が得られますと言われて(そもそも補助金ではなく保険給付である)、ならリフォームしようかしら?なんて思って工事の見積を取った後、やっぱりだめでした、となった方も多いのではないだろうか。
また、そんな工事をすることになったからさっさと理由書を書いてくれ、と、いきなり利用者さんのご家族から無理ゲーを押し付けられたケアマネさんも多そうである。
なので、もう二度と住宅改修なぞやりたくないと、ケアマネの皆さんが逃げ腰になる理由もよくわかる。
そんな、介護保険における住宅改修の中でも、最強のトラブルメーカーであるチーム床材変更に、数年前から新たな選手が登場していたとは。
なんかすごい誤解がありそうな文面である。
確かにクッション性のある床は転倒時のダメージを減らす意味はあるのだが、介護保険の住宅改修ではそれは理由にならない。あくまで移動に焦点が当たるからだ。現在は歩きにくく動きにくく滑りやすい、なので改修後はより歩きやすくなる、動きやすく滑りにくくなると言わねばならないのだ。
それなのに、いったいどうしてこんなモノが出てきたのだろうか。
そんな時は教えてGoogleである。
苦闘すること1分、こんなブログ記事が出てきた。
なるほど見えた。最初は経産省のイケイケを疑ったが、どうやらそうではなさそうだ。
1、畳業界が畳のクッション性に注目して、転倒時の衝撃緩和のための介護畳を開発
↓
2、地方議員(介護保険はよく知らない)に陳情
↓
3、副大臣(行政側ですね)を兼務する与党議員に陳情(厚労省と経産省)
↓
4、与党国会議員(厚労副大臣)が告示に押し込む、同様の流れで経産省ではJISに規定
おおよそこの流れである。
そして、厚労省発出のQ&Aにも以下の文言が入った。先に引用したブログにある内容ですね。
厚労省を巻き込むと同時に、JIS規格化で仕様も確定させている。
抜かりのない仕事ぶりである。支持団体の皆さんに、喜び勇んで報告したくなる気持ち、判らなくはない。
だが、この話の筋の悪さは、この衝撃緩和型介護畳は、その主目的が介護保険の床材変更の要件を満たしていないことにある。
床の改修はあくまで滑りの防止もしくは移動の円滑化という目的を満たし、かつ利用者の自立した生活に必要と、保険者に確認されたものだけが対象となる。
つまり、衝撃緩和という理由では介護保険における給付要件にならないのだ。そしてそこは今現在に至るまで、解釈変更なしである。その床材の変更が滑りの防止または移動の円滑化に資する、と判断するかどうか、ポイントはここに集約される。
ただ、床のクッション性が高まることにより、移動の円滑化が期待されるという状況が具体的にどのような状況なのか、自分には良くわからない。
ドクター中松のジャンピングシューズみたいな効果なのだろうか。
そう考えると、シブチンの厚労省がQ&Aにこの文を入れた理由は、副大臣らの顔を立てるという、その1点のみだった可能性が高いのでは、と考えてしまう。
そして、この文面が入ったことで、介護保険も仕様規定、つまり材料が要件を満たせば給付の対象になるものだと業者さんは勘違いする。エコリフォーム補助金等はそのやりかただから、それはそれで無理もない。
そんな業者さんがお客様にこの畳を勧め、利用者さん経由でケアマネに理由書作成を依頼し、ケアマネが目の下に隈をつくりつつ理由書を捻りだし、それを受け取った役所の担当者が読んで愕然としているのだろう。
担当者としては、この畳が滑りの防止、もしくは移動の円滑化に役立つことを示してほしいだろうに、業者さんはQ&Aに書いてある!で押し切ろうとし、間に挟まるケアマネは鬱になるなどの、毒の沼地状態が発生していそうな気配である。
地獄への道は善意ではなく、この場合は1票で敷き詰められている、みたいな話になってきた。
この話題、現在進行形なのでオチはない。でも、与党と行政の関係を伺わせるケースとして、わかりやすいので取り上げてみた次第。
というわけで、畳屋さんには申し訳ないが、あなた方の団体が頼った議員さんの成果で、日本全国のケアマネと介護保険課給付担当が揃って頭を抱え、ひいてはケアマネの離職による人手不足と、行政の事務量増加から派遣公務員数のさらなる増加につながっているかもしれない現実を(大げさか)こっそりお伝えするものである。
おまけ
さらに調べてみたら、リフォーム畳というものまで発見した。
畳同様の交換を可能とした、パネル型の床板である。大工工事なしで、畳を板敷きにするわけだ。もはや畳と呼ぶべきモノなのかは謎であるが。
そして、沈み込みがないこの製品は、表面がフローリングやクッションフロア同等だから移動が円滑になると言え、介護保険の申請もたぶん他の材料のものと同等として、通るはずだ。
あとは標準的な工法との、予算の比較になるのでしょうね。パネルの境目に段差ができないか、が技術的なポイントになりそう。
後日の原状回復を希望しており、外した畳の保管場所に苦労しないケースなら、確かにお勧めかもしれない。畳屋さん業界へのフォローになっているかは怪しいけど、こういうのもありましたよ、ということで。
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