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手すりが身体を操作する 〜支持基底面と重心位置のはなし ④


支持基底面と重心位置のシリーズ、
その4でひとまず完結編である。


先の話では、ダンスにおけるパートナーが、支持基底面の大きさを操作しているだけでなく、重心位置のコントロールを助けている場面を取り上げた。

これ、転倒防止のアプローチには二通りあるということで、ひとつは先に書いた支持基底面を広げること、これは私の稼業ど真ん中である。
そして、もう一つが重心位置をコントロールすることになる。こちらは主に生活の中で身体を動かすことだったり、リハ職の皆さんが介護予防の運動を行うなどして、筋力を通じて維持される、のだが。


実は、手すりのもう一つの機能に、これもある。そして、この際に出てくるのはグラブバー、掴むタイプの縦手すりである。

ここでは、トイレの洋便器からの立ち座りについて、その一連の動作の支持基底面と重心位置の関係を考えてみる。

立つと座るの関係を支持基底面から見ると、立位は基本的に二本足の小さい基底面であるが、座位の場合はそこにお尻の部分が加わり、広くなる。座位が安定するのはひとえにこれが理由だ。

着座の際は、後方に広がる支持基底面の拡張部に対してスムーズに重心位置を動かせるよう、アームレストのようなものがあると、動作中のお尻の座面への落下防止に役立つ。だが、支持基底面が広がる方向への変化なので、座り動作の際はその広さや大きさはあまり問題にならない。


問題は、立ち上がりの時である。


お尻の両坐骨周辺と、両足裏で構成していた広い支持基底面が、立ち上がったその瞬間に、両足裏のみで構成されるそれに変化する。支持基底面の面積で言ったらおおよそ半分、もしかすると1/3になる。

そして基本法則では、どんな瞬間であれ、支持基底面の中に重心位置があるのだから、立ち上がり前後、それぞれの瞬間にこれは満たされていなくてはならない。

その前後を比べると、何らかの予備動作が必要なことが見えてくる。

それは前方への重心移動、前傾

座位のうちに、重心を前に動かさないと立ち上がりは苦しいのだ。

このとき、肘掛け(アームレスト)があると、お尻になりかわり、身体を押し上げる両腕が支持基底面を構成し、立ち上がる途中の支持基底面を広いまま保ち、徐々に立位に遷移することができる。


でも、それがなくても、立位になった時の支持基底面に重心が移動していれば、人間は立ってしまう。

そのためには、それを誘導すればいい。

そこで、座っているあなたの手を伸ばせば届く微妙な位置に、縦の手すりがあったら…



思わず掴んでしまいませんか?

その瞬間、あなたの上体は少し前に傾き、少し手に力を入れるとより前傾し、重心位置は両足裏がつくる狭い範囲にまで移動する。

そして、あなたの下肢筋力が上体を支えるに十分であれば、あなたはその瞬間、立っている。その手すりが担うであろう動作をちゃんと分析し、その動作を誘導するところに手すりを付けることの大切さ、なんとなくでもご理解いただけただろうか。

良い手すりは、あなたを気持ちよく立たせる、と言っても過言ではないのだ。


ちなみに、便器の先端くらいの、ちょっと近めの位置に縦手すりを取り付けているケースは現場でも散見される。0.5坪のスペースだと、そこにちょうど下地があったりするのよね。
でもそれだと、立ちあがろうとする時の上体の前傾を妨げてしまうわけですね。縦手すりを掴んで摩擦力で上向きの力を与え、力ずくで立つのには使えるけど、最小の労力とは言えず。プロがそこに仕事で付けるのはちょっとねえ、というところです。


とりあえずこのシリーズは一旦終了です。でも書いているうちに色々と気づきがあるのがこのテーマ、そのうち続編が出る、かも。


あとがき

なお、このシリーズの記事をアップしてから、リハビリのプロの方にフォローしていただくことが増えた。広い意味での同じフィールドで、悪戦苦闘されている方に読んでいただけるのは、嬉しい。

専門家の方には、あまりにも自明のことだろうし、釈迦に説法になってしまっているとは思う。違う角度から皆様の専門性を眺めると、こういうふうになる、と解釈していただければ幸いです。

6/11追記

摺り足について考察した、シリーズ記事を追加しましたよ。


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てすり屋のひとりごと 橋本 洋一郎(合同会社 湘南改造家)
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