黒木文庫(2) - 空間と時間のリズム-
前回のnoteでは、知のイノベーションを起こすために「日本について深く知ること」の重要性についてお話しさせていただきました。
ヨーロッパ哲学の本質である”アイデンティティ(自己同一性)"ではなく、"異質性"に日本人独自の精神とも言える"もののあわれ"感を見出す。西欧では、神の持っている精神が"転移する"ことによって最上なるものを追求し同質化しようとする一方で、日本人の場合は"そこにおいてのみ成立する相互関係"であることが重要ということとなります。
西洋と異なる視点を明らかにした九鬼周造氏「いきの構造」や、数奇の感覚から独自の「いき」に体現した柳宗悦氏や河井寛次郎氏の民藝運動、北大路魯山人氏、イサムノグチ氏、白洲正子氏へ繋がったことも補足しておきましょう。
さて今回は、新製品開発に際して注力していることについて、少しお伝えしたいと思っています。それは、"知のイノベーション"で取り上げているベースとなる考え方についてです。
アポロン的・ディオニソス的とは
日本企業がこれまで行なってきた「モノの価値、機能訴求で、便益を訴求する商品開発」から打破する為に重要なことは、「陶酔的で創造的な行為への衝動」へシフトするアプローチ(弊社では「センスメイキング理論」にて実践)を取り入れていくことだと私は考えます。
言い換えてみましょう。これまでの商品開発は、ニーチェが「悲劇の誕生」で説いた芸術衝動でいう「アポロン的なもの」だったと思います。つまり主知的傾向をもち、静的で秩序だった統一性ある志向ではない方向を求めることと同義ということです。少し言葉が悪くなりますが「合理的で秩序だった計算にのみ頼っての金儲け志向」ともいえるでしょうか。
一方で今求められていると強く感じているのが、新しい発想での商品開発です。私はこの重要な切り口が「ディオニュソス的なもの」と繋がっていると考えています。だから故に先ほど、「陶酔的で創造的」と記させていただきました。そしてそれを知るための切り口が「空間と時間のリズム」だと考えています。今日はそこをあらゆる観点から見てみたいな、と。
前回同様、私の書棚からまたいくつかピックアップしながら(なにげにお問合せ含めての反応も多かったので)、本日のnoteを進めてみましょう。
視点A: 生命科学者 柳澤桂子氏
1)「いのちとリズム 無限の繰り返しの中で」中央公論
2)「リズムの生物学」 講談社学術文庫
「人間の根源 -リズム-には、心臓の鼓動リズム、覚醒と睡眠のリズム、日の出と日没のリズムなどの日常のリズムがある。細胞の繰り返し、遺伝子の繰り返し、塩基の繰り返しにより、最終的に素粒子の繰り返しが『私』という個体を作るということです。」
*「いのちとリズム 無限の繰り返しの中で」より抜粋
弊社が食マーケットについて検討する場合、"朝食、昼食、夕食"を通しての栄養素視点をとらえることは当然ながら、"リズムを整える"という視点でも考えます。同様に、化粧品や入浴剤という商材でも、その物性的機能だけではなく、"人間が快適になる"、"不安がなくなる"、"心の安らぎ"などといった多角的な視点と内側から生じるリズムについても視野に入れているのです。これは柳澤氏が指摘している「リズム」が、文化リズム、音楽リズム、文学リズムなど人間の営みに重要に関わっていることに起因しています。
(参考)生命科学者 柳澤桂子氏の提示するリズムとは...
35億年以上前から、体内リズム(生物の体内時計、周期性が25時間)で固有のリズムがあり、自分の体内にサーカディアンリズムを刻む時計を持ちながら、天体の運行の周期に同調して生きている。季節や月にも関係する。体内時計の発したリズムの影響を受けて変化する一つに、メラトニンの分泌量に影響する。メラトニンの分泌によって良き睡眠を誘う。
視点B: 劇作家・評論家 山崎正和氏
3)「リズムの哲学ノート」中央公論新書
リズムとは五感の全てを通じて享受できるものでありながら、その感性の種類はどこにもない、身体全体であると定義しています。これはいわゆる「身体知(身体と心と社会のすべてに根ざして存立する知)」と言ってよいのかもしれません。山崎氏は同著の中で、以下のように記しています。
「人は一瞬の戦慄のように感じる生命のリズムは、感覚をも知性をも超えて、あえていえば身体全体を直接に襲う現象だとしか考えられない」
*「リズムの哲学ノート」(P16)
また同著では「科学と暗黙知」(P133〜)と題して、マイケル・ポランニーの主著「個人的知識」を紹介しています。ここでもリズムが、知識創造プロセスにも大いに関係性があることが理解できるかと思います。
さらに、第3章「リズムと身体」では、"リズムの共鳴と複合"について、
- 心拍とそれに繋がる循環器のリズム
- 咀嚼から排泄にいたる消化器のリズム
- 睡眠と覚醒を繰り返す脳神経のリズム
- 動物にも共通する自然リズム
などの視点にて論じており、生命科学者であり遺伝子専攻の柳澤桂子氏の文献とは、重なる論を展開していることは特筆しておきましょう。
視点C: 生物学者 福岡伸一氏
4)「生物と無生物のあいだ」講談社現代新書
5)「動的平衡」小学館新書
"エントロピー(無秩序な状態の度合い(=乱雑さ)を定量的に表す概念)"が増大する世界において、生命は動きながら常に変化し平衡をとっています。部分ではなく全体、空間ではなく時間、にこそ真相が隠されていると彼は問いています。
また福岡氏の"動態平衡"は、野中郁次郎先生の"暗黙知"、”全体知”と共通しており、どちらも客観的な科学的・合理的なものよりも主観的に結びついているのではないでしょうか。かつて野中先生が「企業進化論」で伝えてくださった「ホロン経営」とも通底しています。まさにSECIモデルが生まれる原点的位置付けともいえるでしょう。
(参考)『生物学者福岡伸一は,哲学者の池田善昭との対話を通して西田幾多郎哲学を読み解いた』(日経新聞 2021年5月1日)
生命は「絶え間ない合成と分解、酸化と還元、結合と切断といった流れにある」とする。動的平衡と作用を受けつつ作用を発していることを本質とした西田哲学は共通することを指摘している。
視点D: NASA客員研究員、物理学者、哲学者 etc...
6)「カラダは星からできている」春秋社:佐治晴夫
著者である佐治晴夫氏は、NASA元客員研究員、ゆらぎ研究家、理学博士です。脳は対象物の変化で認知するなど,リズムの変化を言及。無限の概念、人間の原理などを解明しています。
佐治氏が言及している「ゆらぎ」。最初の状況が何もない状況でもなんらかの原因で「ゆらぎ」が生じて一様性からのずれが生まれると「何かが生まれる」状況になる。宇宙の始まりの証拠の観測は、NASAの観測衛星。137億年前に「無に生じたゆらぎ」から我々の宇宙が生まれたことが立証されています。この一様性からの「ゆらぎ」による「ずれ」が新しいステージに繋がるという佐治氏の言葉は、経営論やマーケティングにも繋がるのではないでしょうか。
著名人でもある早稲田ビジネススクールの入山章栄教授が提唱している、イノベーションを阻む要因として挙げられる「経路依存性(制度や組織が過去の経緯や歴史に縛られていること)」への対応策にもこれらの視点はworkするのではと私は考えます。
これらを踏まえ、弊社では現場から捉える情報(フィールドワークと対話など)を、今までの"予定調和"から始まることなく、そのままを捉え直して,兆しや違和感を見つけて、この「ゆらぎ」を見出すことに注力しています。まずは、その違和感が大切なのです。
7)「時」河出書房新書:渡辺慧
時間論の金字塔ともいえる名著です。渡辺慧氏のアイデアは,エントロピーの増大。第二法則はもっぱら観測に関わっているという点にあります。渡辺氏は観測の驚くべき逆説を述べていることは特筆するべきことでしょう。
量子力学の観測は,逆に知識の不確かな程度(エントロピー)を増大させることを指摘しています(P126〜139)。我と観察、動く現在、我の流れ、物理的時間などは是非頭に入れておきたいところです。
8)「存在と時間」(上下)岩波文庫:ハイデガー
ドイツ哲学界第一人者マルチン・ハイデガーの主著。狙いは,プラトンからの引用にあるように、存在一般の意味を人間存在の根本構造分析を通じて、時間の視界から決定する企て、です。
まとめ
「空間と時間のリズム」について、各専門分野の著書から一緒にみてきました。そして今、私はクライアント様とお仕事を進めていく中で、この"リズム"を考えることを起点に人間の生活を俯瞰し新しい発見ができないかと考えています。「時間や空間」を再定義しながら、新しいマーケットを創造出来ないか、そんなチャレンジです。
多くの研究分野における「宇宙・自然・人間」の根源を探究していることを学び理解しながら、まだまだ解明できていない"リズム"の根源を探ることが、マーケティング分野における心身のバランスや健康に新しい視点を加えられるのかもしれません。私はそこに新しい可能性、そして「日本」軸を探りたい。
まだまだ模索の日々です。
その結果としてこうして私の書棚(黒木文庫)はどんどん増えていくのかもしれません。どうか我が家の床が抜けないことを祈りつつ....本日はこの辺で。
(完)