【短編小説 #19】5月24日送信のメッセージ


++++++++++++++++++++++++++

登場人物

★純平
瑠衣とは高校の同級生。現在はIT会社に勤める平凡なサラリーマン。
趣味のペン字を生かしてInstagramでファンとの交流をとっている。
アカウントの中では顔出し無し。


★瑠衣
高校卒業後にカナダの男性と結婚し、現在はカナダ在住。専業主婦。
アカウントでは顔出し無し。書道アカウントで開設したInstagramはフォロワー数1万人超えのインフルエンサー。


★颯太
純平とInstagram(ペン字)を通して知り合った大学生。アカウントの中では顔出し無し。純平、瑠衣とそれぞれで相互フォロワーの仲。
 

+++++++++++++++++++++++++++++

大人の恋愛は幾つもの経験から身につくテクニックの必要なものと思われがち。けれども、大切なことは駆け引きではなく、実は思いやりだったりもする。

5月23日は5、2,3の読みから「こいぶみ」の日だ。


瑠衣は5月の初旬にSNS上でのある企画を考えていた。企画として考えたのは、「#手書きで恋文を書こう」というもの。

LINEを始め、このデジタルなコミュニケーションが当たり前だからこそ、
ありきたりの企画にはなってしまうが「手書きで恋文を書こう」というテーマにした。

瑠衣は企画を考える際に真っ白い紙に思いついた単語を書いては、さささと線で消し込みを入れ、また書いては消し込みを入れ、しばらく紙とにらめっこもした。

最終的には可もなく不可もない無難なテーマにはなったものの、企画の方向性が決まったことに瑠衣はホッとした。

ボールペンを置くと、真夜中に温めのルイボスティーを片手に大きく背伸びをした。

企画を整理するとざっとこんな感じだ。細かいところは運用しながら調整するとして、まずは寝る前に企画の投稿だけでも済ませようとした。


応募条件
・インスタグラムのアカウントを持っていれば誰でも参加可能
・投稿は手書きであれば、書、ペン字、マジックなどツールは問わない。ただし、手書き風アプリは無し。
・投稿は手書きの恋文を写真にして画像で投稿。
・恋文の文字数は200文字以内。

特典
・フォロワー数1万人超えの瑠衣のアカウントでの作品紹介
・希望があれば、瑠衣のtwitterアカウントでの紹介



時計を見ると23時を示している。時差を考えるとちょうど日本は12時くらいでお昼休みを利用してインスタグラムを覗き込む時間になろうとしていた。



*



放課後の教室には自主的に残って勉強する6名がいた。

純平もその1人だ。

あとは仲のいい4人が勉強せずに他愛も無いお喋りをしている。きっとスクールバスが着くまでの時間つぶしに違いない。

ちょうどそのグループの前列に瑠衣は座っていた。純平から見ると斜め右側の前方で瑠衣の視界にぎりぎり入るか入らないかのところだった。

少しうずめたような瑠衣の顔とデスクの隙間から分厚い薄赤色の教科書が見える。あれは英語の文法の教科書だ。

実はこの文法の教科書は見ただけでやる気がなくなるくらいの厚みが半端ない。見開きで広げてもすぐに閉じられてしまうくらい扱いにくいものだった。

瑠衣が帰国子女と知ったのは入学してから2週間後くらいだった。

誰よりも早く登校した純平の後に瑠衣が教室に入ってきたことがあった。
同じクラスだったけど、それまで挨拶も話もしたことがなかった。

純平は目が合ったので挨拶くらいはしたが、特に会話があるわけでもなかった。

その日の昼休みに純平は男友達に今朝瑠衣に挨拶をした話をした。そのときに帰国子女だから英語は得意らしいと聞かされた。得意というよりはほぼ母国語に近いという話だった。

純平は瑠衣が英語を勉強する姿を見て、「英語の勉強なんてする必要ないのにな...」と不思議な感覚で見ていた。

英語の時間に教科書の音読があった。

瑠衣の発音を初めて聞いたときに、純平は英語の得意な日本人の発音じゃないことが一瞬でわかるくらいのものだった。

ヒアリングの力をつけるために英語の教材を買って、付録のCDを買った時期もあったがそういうきれいな発音ではなく、ネイティブの人の発音そのものだった。

一方で、純平は古文の問題を解いていた。明日の朝までには回答を提出しなければいけない。けれどもなかなか進まない。

問題そのものは簡単なのだが、瑠衣が視界に入ってしまって集中できないのだ。

純平は1問解き終わっては顔を上げ、瑠衣の様子を見る。

冷静に考えるとストーカーのようで怖い。

そんなに頻繁に見たところで、文法の教科書を見ている瑠衣の様子は全く変化がないのだ。その様子をコマ送りにしたとしても切り取ったシーンはどこも同じ。

グループの1人が瑠衣に話しかけた。

「明日の英語もすっげえ上手い発音をしちゃうわけ?」
ちょっとだけ言い方が鼻についたが、自分よりも大きな体でキャラ的にも全く違う相手の様子を黙ってみる以外なかった。

瑠衣は黙々と教科書に目をやったまま反応しない。

ちょうどバスの時間が近づいたのか、そのグループはバッグを持つと帰っていった。

しーんと静まり返った教室の中。純平と瑠衣の2人になった。

純平の心臓がドクドクと鳴っている。純平は古文の問題を解いているフリをしながら、唾をゴクリと飲み込み、瑠衣の様子を見ていた。

しばらくすると瑠衣は教科書を両手でパタンと閉じた。そしてそそくさと机の脇にあるバッグへしまい込んだ。

瑠衣が椅子から立ち上がると同時に純平の方を見た。ほんの一瞬だけ瑠衣と目があう。

純平は慌てて目をそらした。なんだか恥ずかしい気持ちで問題集をにらめっこするように顔をうずめた。

瑠衣が純平の方に2、3歩近づくと、声をかけてきた。

「あれ、純平はまだ残ってたんだ」

「ああ、うん、明日までに提出しなきゃいけない古文の問題を解いてた…」
少しぶっきらぼうに答えた。

純平は同じ教室にいたのに気づかれてなかったことがショックだった。

瑠衣は気安く「純平」と呼んでくれるけど、全く意識していないし、好意も持っていないと思っていた。素敵な勘違いをするよりは、そうやって納得する方が純平にとっては落ち着く落としどころだった。

「あ、それって明日の午後までだったよね?やってなかった」
瑠衣はハッとした様子でどうしようみたいな顔をした。

すぐにニッコリと笑いながら、「明日の午前中やるから、明日になったらまた言ってくれる?」

「えっ、明日やるの…。わかった。」
純平はそう言うと、忘れないように大きめの付箋に「古文の問題を解くこと」とメモした。

純平は瑠衣が見たときに少しでも印象よく受け取ってくれるように、
少し可愛らしくも見える特徴のある「デザイン文字」で書いた。


「じゃあ、頑張ってね。先に帰るよ。またね~」
瑠衣はそう言うと、バッグを肩にかけ、左手でバイバイしながら教室を駆け出すように出て行った。


放課後の教室で2人きりになったのに純平は気持ちも伝えきれなかった。


帰りの電車の中。純平は瑠衣のことを考えていた。

入学してからちょうど1か月経とうとしている。

人見知りする純平にとって、初めて話しかけてくれたのが瑠衣だった。
それも苗字ではなく、いきなり下の名前で呼んでくれた。

最初はドキッとした。帰国子女だとわかってからは、フレンドリーなコミュニケーションは海外では当たり前だから普通のことと思うようになった。

そんなことに気づかなかったら小悪魔みたいに思えてしまう。


あと2か月もすれば、夏休みに入る。約1か月は瑠衣のことを見れなくなるのかと思うと少し悲しい気持ちになった。

電車に揺られながら、再び古文の問題集を広げた。広げてはみたものの、まったく頭の中には入ってこなかった。


次の日の朝。


純平は昨日書いた付箋を瑠衣へ渡そうと教室中を見渡した。
瑠衣の姿は見えない。

「あれっ、朝は来てたと思ったのになあ」
瑠衣の机を見るとデスクの左横にバッグがかかっている。

白いカーテンの外に女性3人くらいがベランダではしゃいでいる姿が見える。
その中に瑠衣を見つけた。

ベランダへ出るドアに近づくと、瑠衣たちのしゃべる声が聞こえてくる。

瑠衣は軽く飛び跳ねる感じで満面の笑みで話しかけている。

「ちょうどね、行きの電車の車両が吉村先輩と同じでさ。ちょーカッコ良かったの。」

純平はドアのぶを回そうとした手を引っ込めて、瑠衣のデスクへ向かった。

デスクのところにそっと付箋を貼ると、自分のデスクに戻って授業開始のチャイムが鳴るまでは寝ることにした。



*


高校を卒業してから20年以上経っている。

純平は渋谷に本社を置くITソリューションの会社で営業をしている。
純平自身はプログラミングなどは出来ない。インターネットの技術を使って業務効率化を提案する仕事をしている。

最先端の技術に触れておくという目的もあり、SNSからの情報収集をマメにしている。また、純平の人見知りな性格も大人になるにつれて少しずつ変わっていき、発信することもマメにするようになった。

世の中がVUCA(ブーカ)の時代と言われるように、常に変化することを前提に価値観や多様な働き方が社会でも受け入れられやすくなった。

都会ではダブルワーク、トリプルワークも当たり前のようになってきている。


**************
VUCAとは

社会やビジネスにおいて将来の予測が困難になっている状態を示す言葉で予測が困難な要因として4つの時代の特性をあげた頭文字を取って作られている

V:Volatility   (変動性)
U:Uncertainty   (不確実性)
C:Complexity    (複雑性)
A:Ambiguity   (曖昧性)

***************



純平は高校卒業後、開催された同窓会に一度も参加したことがない。

Facebook上で繋がっている同級生がいて、そこで近況の様子を知っているため、あえてリアルで会うことの必要性をあまり感じる方ではなかった。

そういった交流のある同級生以外はクラスに誰がいたかなんて顔も名前も思いも出せない。瑠衣がどういう大学を出て、どういう働き方もしているかも全く知らない。


純平はソファにゆったりと座るとスマートフォンを手に取った。

いつものようにInstagramへ投稿する作品が出来上がり、撮ったばかりの写真を眺めていた。

今日の名言はマザー・テレサ。

深い愛を持ったマザー・テレサの言葉は本当にフォロワーによく響く。
コメントも多数あり、交流も深みのあるものが多い。

純平は日中のサラリーマン生活の癒しとして、名言をボールペンではがきに書き、それを投稿している。お世辞にも上手いとは言えないが、特徴のある独特な字を書くのがオリジナリティの部分と思っている。

ハネやハライを伸ばしたかたちでデザイン文字といったところ。
デザイン文字を意識せずに丁寧に書くことももちろん出来るが、SNS上でのセルフブランディングという意味でもデザイン文字を書いている。


純平のフォロワーには独特な文字を気に入り、デザインとしての代筆を依頼してくる人も何人かいる。

純平にとって副業という意味での活動よりも交流を楽しむという点で、ダイレクトメッセージを使ってリクエストを受けつけている。


*



瑠衣は高校を卒業後、大学には進学せずにカナダの男性と結婚をした。

その男性は投資家で、瑠衣の労働収入がなくとも4人の家族が暮らしていくには十分な稼ぎがあった。瑠衣自身はいわゆる専業主婦だ。

特にキャリアウーマンに憧れるような性格でもないので、主婦の隙間時間を使ってSNS発信をしている。

瑠衣の特技は書道で、カナダでの日本文化への興味は高く、瑠衣の書いた書作品は個展が出来るほど評価されていた。

瑠衣は個展の様子も含めて書作品を発信するためにInstagramを始め、1年後にはなんとフォロワー数は1万人を超えた。今では立派なインフルエンサーになっていた。

瑠衣にアカウント名はfudemoji_ruiだ。

瑠衣はお昼の片付けが終わるとリビングのソファに腰を下ろした。モビリアのスネークソファが瑠衣のお気に入り。

心地良さの包まれながら、企画したInstagramへの投稿内容を眺めていた。

「#手書きで恋文を書こう」で投稿された内容はすでに100近くになっていた。

数多くある手書き文字の内容を順に読んでいく。どれも相手への想いが詰まった素敵な内容に瑠衣は感動した。

お昼時に見るものではなかったと後悔しながらも夕飯の支度までののんびりした時間を満喫した。

しばらく投稿を読んでいると、特徴的な手書きの文字を見つけた。特徴のあるペン字で上手というよりはハネやハライを特徴的に表現したデザイン文字のようなもの。

今までにどこかで見たことあるような字だった。

文字の方に気を取られて恋文の内容は読んでいなかった。また、アカウント名やプロフィール名も見ずに次の投稿作品へと目を移した。


*

颯太は都内の大学に通う3年生。

特に好きな人がいるわけでもなく、授業の隙間時間を使ってアルバイトに明け暮れる日々を過ごしている。今日も登録しているタイミーから仕事を受けると、1時間だけの弁当販売のアルバイトを終わらせた。

手にしたのは交通費も含めて2,000円。東京都の最低賃金が1,014円のこのご時世からすると、1時間ちょっとで手に入れる労働収入としてはちょうどいい感じのお金だ。

それに雇用関係があるわけでもないので、人間関係で悩むこともなく、自分の空いた時間に稼ぐには最高の仕組みだった。

帰りの電車の中でスマートフォンの画面を覗き込む。

瑠衣の企画したInstagramの「#恋文を書いてみよう」を見つけた。ただし手書きで書くというのがどうしても苦手な颯太は相互フォローしている純平に依頼しようと思った。

「フォローしている”fudemoji_rui”さんという方がいて、その方の企画に応募するため、手書きで恋文を書きたいです。自分はあまり字が上手くないのでできれば純平さんに代わりに書いて欲しいのです。もちろん内容は自分で考えます。お願い出来ますでしょうか?」

颯太は純平へダイレクトメッセージを送るとスマートフォンを閉じ、いつものように音楽を聴き始めた。

電車の窓から見える高層ビルの隙間から青い空がパッパッとテンポ良く流れていく。立ち仕事の後に身体を休めるには最高の時間だった。





純平が颯太のダイレクトメッセージに気づいたのは自宅に帰宅して晩ご飯を食べた後だった。

純平は颯太の気持ちは理解は出来た。けれども、テーマがテーマだけにうまく書くことよりも想いの内容の方が大事ではないかとアドバイスの返信をした。

それでも颯太は純平にお願いしたいということになり、純平は代筆で恋文を書くことにした。もちろん内容は颯太が考えるのだが…。


純平は「明後日までに書きたい文面をダイレクトメッセージに入れておいてくれるかな?」とメッセージを入れた。


颯太からは1日くらいあけて、100文字程度で想いつづられた恋文が送られてきた。本来であれば、想う相手へ送られる内容だけに純平は読みながら変な気持ちにもなった。

代筆という作業と割り切っているものの、行間の気持ちを汲み取りながら、なるべく丁寧に見えるデザイン文字で書きあげた。恋文の内容としては、なかなか心揺さぶるものではあった。


純平は光の影に注意を払いながら、1番きれいに写る光の入り方と構図で完成させた画像データを颯太へ送った。それは颯太のイメージどおりに出来ていた。





颯太は瑠衣の企画へ投稿した。

投稿してから1日後くらいに瑠衣からダイレクトメッセージで受け付けた旨の返信が入っていた。

「この度は企画へご応募頂きありがとうございます。・・・」
やや固めの形式ばった挨拶から始まり、再度企画の趣旨と投稿した恋文への感想が書かれていた。

返事の後半はややフレンドリーな感じで書かれており、颯太はホッとした。




瑠衣は夕飯の支度をしながら、先ほど見た特徴的なデザイン文字のことをぼんやりと考えていた。

「あっ、まさか。高校のときの東田(純平)くんかな?」
まさかこんなかたちで純平のことを思い出すなんて、瑠衣は予想もしていなかった。

瑠衣は高校のときの純平を思い出し、その日の夜に卒業アルバムを探した。

色褪せたカバーには少し誇りがかぶっていた。

「確か...、1年2組。あ、いたいた。」
瑠衣は純平を探し出すと懐かしい高校時代を思い出していた。

高校のときから瑠衣の方が純平をリードする感じで接していたのは大人になっても変わらない。

瑠衣は高校の同級生だったことを気づかれないように淡々としたメッセージを送ることにした。瑠衣だけが一方的に気づいていることに上機嫌だった。

瑠衣は企画への応募者にお礼のメッセージを送る以外はダイレクトメッセージでやり取りをすることはしなかった。もちろんフォロワーがかなりの数がいる上にどこの誰か分からない人たちの心に深く入り込むを避けるためだ。

ただし、今回投稿してきた颯太には少し違った。

瑠衣は颯太のことを高校時代の同級生である純平と思い、少し意地悪にもメッセージを送ることにした。

「投稿したきっかけをもう少し詳しく教えてくれますか?」など、きっかけは何でも良かったのだ。

颯太は企画の主催者から何度か来るメッセージと質問に特に疑いもなく返信を続けた。

「#手書きで恋文を書いてみよう」という1つの企画から、瑠衣と颯太はメッセージのやり取りを繰り返すようになった。

やり取りの内容は他愛も無いことも増え、薄っぺらいものであった。それは瑠衣が自分のことを純平に気づかれないようにするための作戦でもあり、同級生だった瑠衣のことと気づかずに返信している内容を見ながらニンマリしていた。

内容が薄いため、時には日課のような義務感でやり取りすることも増えていた。まるで恋人同士が倦怠期に入るときのLINEのやり取りのようなものにも近かった。

その方が瑠衣にとっては好都合ではあった。

応募がきっかけでやり取りしていたが颯太は次第に瑠衣のことをもっと知りたくなった。


瑠衣は子どもたちの夏休みが近づくにつれて、日本へ一時帰省することを考えていた。純平を驚かせるために日本へ帰省したどこか1日で純平に会うことも悪くないなと考えた。

もし実現すれば、高校を卒業して以来なので20年以上も会っていないことになる。瑠衣は純平の驚く顔を想像しながら、颯太へダイレクトメッセージを送った。

「颯太さん、お住まいはどちらですか?もし可能であれば8月に一時帰省するので都内のどこかでお話でもしませんか?」

瑠衣と颯太は何度かやり取りをした結果、JR新橋駅近くのprontで会うことにした。

純平に颯太からダイレクトメッセージが届く。

「"fudemoji_rui"さんと新橋のカフェで会って話をすることになりました。。大学生の自分からすると嬉しいのと何を話ししたらいいのか・・・。
それにもし本人の前で何か書いてくださいなんてリクエストが出たらどうしたらいいか…。純平さんも来てくれないでしょうか?一応、3人で大丈夫かは聞いてみますけど。」


その後、颯太は瑠衣へダイレクトメッセージを送る。


「8月の件ですけど、男友達も一緒でいいですか?」

瑠衣はメッセージを見ると、純平の友達って誰だろうと首をかしげた。
けれども、3人でお話することにO.K.を出した。

瑠衣は颯太に少し意地悪なメッセージを付け加えた。

「会ったときにお互いが分かるように顔写真だけでもメッセージで先に交換しておきませんか?」
そして、瑠衣は旅行先で友達と写っている写真をメッセージの後に送った。

瑠衣は純平がびっくりする様子を勝手に想像しながら、颯太からの返信を楽しみにしていた。


翌日の朝、ダイレクトメッセージを開くと颯太からの返信が入っていた。


颯太からは写真へのお礼と質問が書いてあった。

「すみません。3人いる女性のどれがfudemoji_ruiさんでしょうか?それから、自分の写真を送ります。」
添付されていた写真を開くと、瑠衣は唖然としてしまった。

今まで純平と思っていた相手が全く知らない若い大学生だったのだ。

瑠衣はしばらくかたまってしまった。


颯太は送ったメッセージが既読になったまま、返信が無いことを寂しいと残念という感覚に不思議さが掛け算された気持ちでいた。

颯太は純平にfudemoji_ruiさんとのやり取りを話した。

純平は3人が写った写真を見て、その中の1人が高校の同級生であった瑠衣ということを知った。驚くと同時に瑠衣が颯太のことを自分と勘違いしたことにも気づいた。

颯太には相手が純平の同級生の瑠衣だったことは伝えずに「ネット上の事故」と思うように諭した。


今回のことで、純平は瑠衣がfudemoji_ruiというアカウントでInstagramをしていることを知ってしまった。

仕事中に高校のときの瑠衣の様子が頭の中を何度か思い浮かんだ。けれどもそれは20年以上も前の瑠衣の姿で、現在の姿ではない。

この日の夜にInstagram内を検索してfudemoji_ruiの投稿と企画の内容を見つけた。

純平は今の気持ちをあの特徴的なデザイン文字でつづると写真に撮ってダイレクトメッセージで送信しようとした。

時刻は23時50分。
今日は5月23日だ。

純平は敢えて日付が変わる24日になってメッセージを送るように配慮した。もちろん高校の同級生である純平ということが文字以外では分からないようにして...。

あれからもう3か月以上経っている。
そのメッセージは未だに既読にはなっていない。


【終わり】

いいなと思ったら応援しよう!

東田純平
ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。