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【日常系ライトノベル #8】定食屋の”さよばあちゃん”のすべらない…はなし

「また来ますね」
ボクと先輩の橋本は定食屋を出た

この定食屋の名前は「むらにし」、
そう平仮名で”むらにし”だ
 
お店の名前から優しそうな定食屋のイメージだが、
お店をきりもりしている、さよばあちゃんは話も行動も豪快だ
 
「また来ますって言うて、また来た人なんかおんしゃらん(また来ますと言って、来た人はいない)」
 
「先輩、豪快なばあちゃんでしたね。あんなに元気でお話好きな人は久しぶりに見ましたね」
「そうだよな。食後のコーヒーのことも笑ってしまったなあ…」
 
さあて、昼からの仕事も頑張るかー

ボクと橋本先輩は久しぶりに商店街の細い路地中にある定食屋に行くことになった
 
というのも、まず運動不足になっている身体にムチを打つべく少し職場からは離れるところまで歩いて食べに行こうと思ったのが理由の1つだ
 
もう1つの理由は橋本先輩がお袋の味みたいな和食を食べたいと主張してきたからだ
実はボクが食べたいものも本当はチキン南蛮だった

まあ、先輩がそう言っているから定食屋「むらにし」に行くのが無難だと思った

世の中の処世術というか、その辺は少しは理解できる年ごろになったのだと思う(笑)
 

・・・

カランコロン、カラン
ドアに取り付けられた鈴が鳴る

懐かしい音だ

ボクはこの定食屋に来るのは初めてではない
もちろん行きたいと言ってきた橋本先輩も初めてではない
 
きっと二人とも懐かしい雰囲気に少し感動するとともに、過去の良いイメージだけが頭の中をぐるぐるとまわっていたに違いない

「はい、いらっしゃい。1名? 2名?」

「あっ、2名です」

「あ~、そしたら別々のテーブルに座らんばよ。ソーシャルディスタンスやけんね」

「わかりました…」

店内に入るなりパワフルなばあちゃんの言い方にしばし圧倒されてしまった

(あれ、地方にある小さな食堂みたいな印象は残っていたけど、こんなパワフルなお店だったかな)ボクは心の中でそうつぶやいた

というのも都会から地方に戻った青年を優しく向かれていれてくれる、そんな優しくて癒されるようなスポットを自分の中で勝手に作り上げていたのだ
 

小さな定食屋にはありがちで、メニューなんてものはテーブルの上にはない
 
壁紙が色褪せ、ところどころテープの剥がし後がある、少し油ぎった壁に
メニューが5種類ほど手書きされている

こういう雰囲気はお洒落なカフェとは違ってたまに求めたくなる

ちょうど24時間TVを1年に1回の頻度で見ることに感動の良さが分かるように
おそらく毎日求め続けられるような想いでははい

そんな感じの雰囲気の定食屋だ

メニューから少し目をそらすと壁一面にポスターや写真が所狭しと貼ってあることに気づいた
 
それも色んな人というよりもほぼ特定された数人のポスターや写真だ
 
その様子をキョロキョロと見ていたことにおばちゃんが気づいたみたいで
話しかけてきた

「あんたたち、この人知っとるね?」

「いえ・・・。でも顔はなんか見たことがあるような気がします」

「元宝塚のトップスターよ。今は芸能プロダクションで活躍中ったい。
TVにもよう出よんしゃった」

「へえー、そうなんですね。宝塚かあ。どうりで端正な顔をされていますね」

「男役やけん、”しゅっ”としとらすやろ(男役だから、しゅっとした顔立ちでしょ)」

この時点でなぜこの元宝塚の有名な方のポスターがこんなにも飾られているかボクと橋本先輩はまったく見当もつかなかった

「あんたたちはメニューは何がよかね?」

「えっと、そしたら…」

迷いながら考え込んでいるボクの言葉をさえぎるようにばあちゃんは話しかけてきた
「ハンバーグにしときんしゃい。お腹すいとるやろ?」
ただし、その言葉に嫌味はなく、ボクと橋本先輩は苦笑いしながら受け入れてしまった

すでに入っていたお客様3人がそのやり取りをみて笑っていることに気づいた

ようやくお冷を飲めると思い、セルフサービスとなっているピッチャーに入った麦茶をテーブルに置かれたカップに注いだ

パワフルさに圧倒されながらも何だかホッとしたのを覚えている


「あんたたちは初めてね?」

「いえ、確か10年以上前に何回か食べに来たことがあります」

「ふん、10年以上も前やったら初めてと同じたい。」

「あっ、そうですね。初めてです!」


周りのお客様がクスクスと笑う様子が目に入る


「以前食べたときはボリュームが多かった記憶があるんですよ」

「あー、そうよ。ばあちゃんとこは量は多かけんね」

「さっきのハンバーグ定食はご飯少なめでお願いします」
ボクは量が多いのは分かっていたいので、残すのも気の毒で事前にそう伝えたのだ

「”この壁にポスターとか貼らしてください”って言うてから、貼っていた人はみんな有名になっとる」
さよばあちゃんはニコニコしながら話しかけてくる

「へえー。そうなんですね。ゲン担ぎみたいになっとるとですね」
ばあちゃんの言い方にうっかり乗せられて不慣れは方言を使ってみる

ぎこちないが会話であってもこっちの方がばあちゃんも話しやすいだろう、
そう思ったからだ

ボクは写真家のヨシダ ナギのような感じをイメージしたのだ

※ヨシダナギ
主にアフリカをはじめとする世界の少数民族や先住民を被写体に撮影し、少数民族と同じ格好になって写真を撮影するスタイルで有名な写真家

「そうたい。みんな有名になっとるけんね。見てんしゃい」
そう言っておばちゃんが指をさした先には“TAO”のポスターが貼ってあった

※TAO
世界26カ国500都市で観客動員数800万人超という、世界が認めた和太鼓を使ったエンターテイメントショーを行う集団だ

それにしても県外のTAOのポスターがここにあるかは不思議だった

するとばあちゃんは話の続きをしてくれた

「ほら、ポスターのここに写っとる人がおんしゃんやろ。店に食べに来んしゃったたい。ばってんが写真と本人がちごとるけん、いっちょん気づかんやったと。そしたら本人が”おばちゃん、自分はこれやけん。このポスターを貼らせてもらえないですか?”って言ってきよったもんね。ここに貼ったら、
あんたたち有名になるばいって貼ってやったとよ」
(ほら、ポスターのここに写っている人がいるでしょ。店に食べに来られたけど、ポスターに写っている写真と本人が違って見えてから全く気づかなかったとよ。そしたら、本人が”おばちゃん、自分はこれだから。このポスターを貼らせてもらえないですか?”って言ってきたのよ。ここに貼ったら、あなたたちは有名になるよって、貼ってやったのよ)

話しっぷりが豪快で圧倒されてしまった

「TAOはもう十分有名ですよ」とツッコミを入れるのを忘れてしまったほどだ

一通り話が終わると、ばあちゃんは料理を作るために厨房へ引っ込んでいくようやく料理が作られるのだ

・・・

厨房の奥から客席まで何やら声が聞こえてくる
ばあちゃんの声だ

「あんたたち、いつごろ来たとかな?」

「はい、たぶん20年近く前になるかと・・・」

「嘘言いんしゃらんと。20年前はお店はここになかもんね。20年前は別のところでしよったもんね。神社の近くの・・・」

(嘘をいいなさんな。20年前はお店はここにないからね。20年前は別のところでしてたよ。神社の近くの・・・)

「そうかもしれんです。20年前じゃなくてたぶん14、5年前やったごたるです」
(そうかもしれないです。20年前ではなく、たぶん14、5年前だっと思います)

「そうやろ、20年くらい前は別のところにあってその元宝塚トップのお母さんから場所ば借りとったさ。小さか頃から見とったばってん、こうー綺麗かった」
(そうよね、20年くらい前は別のところにあってその元宝塚トップのお母さんから場所を借りてたのよ。小さいころから(娘さんを)見てたけど、すごく綺麗かったよ)

ボクと橋本先輩はこの話を聞いて、なぜこんなにたくさんに写真やポスターが壁一面に貼られているか、ようやくその理由がわかった

「有名になってからは会えとらんけんね…」
ばあちゃんのパワフルな声が少し寂しそうな感じにも聞こえた

「メニューの上のところば見てんしゃい。名刺ば置いていった人たちも
みんな有名になっとるけん」

そう言われて再びメニューの壁に目をやると、現職の知事や市会議員で名前の知っている人たちのものもたくさん飾られている
正確には無造作に置いてある

この壁にはゲン担ぎになる”何か”が本当にあるのかもしれないと思った
少し不思議な感覚でもあった

・・・

「はい、出来たよ。二人ともハンバーグやったね」

まず出てきたのが小鉢の代わりだろうか、「おでん」だった(笑)

次にご飯が出てくる
ご飯の量は普通茶碗の2杯半といったところ

(やっぱり少なめと言ってたにも関わらず、この量かあ。食べれるかな…)心の中でこう思う

この後にお味噌汁
(お袋の懐かしい味が楽しみな手作り感のあるお味噌汁だ)

そして、最後に大きなプレート皿に入ったハンバーグが運ばれてきた

ハンバーグの大きさを見て、「無理です」と言いそうなくらい大きなものだ

おそらくハンバーグ屋さんで外食してもここまで大きいのは見たことがない大きさだ

「いやあ、ハンバーグが大きいですね~」

「そいがよ、本当はもっと小さかったとよ。TVが取材に来るって言うたけん、ちょこっと大きく作ったら、それが当たり前になったとさい」
(それがね、本当はもっと小さかったのよ。TVが取材に来ると言ったから、少し大きく作ったら、(そのサイズが)当たり前になったのよ)

チェーン店のルールを守るという規律の中でビジネスをしているボクにとってみると個人営業のお店はすごく自由だ

量のコントロールも接客も店内のクリーンネスもオーナーの責任ももとで
かなり自由だ
というか、豪快だ

「あんたたち、食後のコーヒーも付いてるけん、食べ終わる頃に言いんしゃいよ」

「はい、ありがとうございます(モグモグモグ…)」

少しペースをあげて食べないとゴールが見えてこない量に圧倒されている

おそらく普通の定食屋で食べる量の2.5人分くらいはあると思う
せっかく歩いて運動をしたのにカロリーだけで考えれば、大幅にプラスだ(笑)

・・・

残すのも申し訳ないので、何とか完食させたものの、お腹がパンパンで
ちょっと体調が悪くなりそうな感じだ

「そろそろ、コーヒーば持ってくるよー」

「あっ、はい、お願いします!」

コーヒーといってもインスタントではなく一応挽いた豆で煎れてくれてる様子が見える

「なんだかんだでもてなすのが好きなんですね、先輩」
「そうかもしれんね」

「はい、カップを出しんしゃい。ストップって言うたら止めるけん」

「残したら悪かけん、ちょびっとでよかですよ。」
(残したら悪いので、少しでいいですよ)

ジャバジャバジャバ・・・・

「ストップ、ストップ、ストップーーー」

あまりにも勢いよくカップにコーヒーが注がれるので、ボクがストップを発してから2倍、いや3倍の量が入っている

「飲みきらんやったら残しんしゃい」

豪快に笑いながらおばちゃんは先輩のカップに注ぎだした
先輩はボクのが手本となり、思い通りの量のコーヒーを手にした

コーヒーを飲み終わる頃にはお腹もいっぱいで急に用を足したくなってしまった

「おばちゃん、ちょっとトイレに行くけどまたすぐ戻ってくるけん」

小さなお店にトイレらしきものはなかったので商店街のスペースにある公衆トイレは駆け込んだ

トイレの場所はわかっていたので何とか目的まで向かって全力で走った
通りすがりの人が何人いたか、どういう人だったか、まったく思い出せはしない

ジャー――――(トイレを流す音)

”ビッグアドベンチャーから帰還した”ボクはスッキリした気持ちになる

あれだけたくさん食べたのに…
残っているのは「あの豪快なおばちゃんの会話」のみだ(笑)

オチはここで終わらない…

お店を出たボクと先輩が気づいたことがある

それは”ゲン担ぎの壁”のこと

壁に貼った結果、有名になったというのも実話だろうけど…、
「有名になった人の写真やポスターなどだけが壁に残っていく」のだ、きっと(笑)

食後のコーヒー付で630円
さよばあちゃんの定食屋はおしゃべりがメインで料理はサブだ

【終わり】


ありがとうございます。気持ちだけを頂いておきます。