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【日常系ライトノベル #15】長瀬におとずれた大人の時間

「いけね、ガソリンが無くなりかけている」

長瀬は給油ランプが点灯していることに気づいた

2日くらい前に燃料が少なくなっていることは、音声で知らされていた

その日は土砂降りの大雨ということもあり、給油を先延ばしにしてしまっていた

給油のついでにゆっくり洗車もしたいと思い、
一度帰ってスーツから私服へ着替えることにする

スーツから私服へ着替えることは、「表の顔から裏の顔へ変身する」ような感覚になれるからいい

人間(ひと)は少しくらい危険な香りのする方が”ウケ”がいいことを本能的に知っている
ちょうど雰囲気に飲み込まれてしまう危険な媚薬を自ら欲しがるかのように…

長瀬にとって洗車というのは見た目がスッキリするだけではなく、
日頃の悪事も水に流してくれる浄化作用を兼ねていると勝手に思っている

そう考えると私服で洗車に行くという矛盾が笑えてしまう

地方のガソリンスタンドにある洗車コーナーは広く、使用できる台数も余裕があるため、ついつい長居してしまう

いつものように車がピカピカに拭き上げる頃には2時間くらいかかっていたと思う
すでに辺りは真っ暗になっていた

「チカ、チカ、チカ」

無音の社内に方向指示器の音だけがしている

車の通りもほぼなくなっている
ほぼ“一人の時間”を満喫できるゴールデンタイムといったいいいだろうか

少しだけドライブして帰ることにした

カーナビからDVDへ切り替える

運転中で画面が見れないので音だけを楽しんでいると、なにやら女性の気持ち良さそうな”声”が聞こえてくる

「あれ、DVDって何挿れてたんだっけ」
長瀬は随分前に挿れたままにして、ほとんど見てなかったことを思い出した

観ていたタイトルはナタリーポートマン主演の「抱きたい関係」だった

内容としては「気楽なカラダだけの関係だったはずが、いつの間にか本気で恋してしまう」という比較的王道のロマンティック・コメディだ

王道とはいえ、恋愛物の映画はストーリーがあ先読み出来たとしてもつい見てしまう
ちょうど雰囲気に飲み込まれてしまう危険な媚薬を自ら欲しがるかのように…

映像が気になったのでコンビニの駐車場に車を止めた

車はなるべく人目のつかない駐車場の隅っこに止めた
街頭の灯りさえも届かない、そしてフェンスの向こうからは蛙の鳴き声が聞こえてくる
“一人の時間”が満喫できる場所に止めた

少し長めの映画で、定番のストーリーだったので観ている途中からはウトウトと寝てしまった

結局、3時間くらい、いやそれ以上寝ていたと思う

「やっべ、次の日仕事なのにこんな時間だ」

車の中で寝ると体勢が悪いせいで寝返りも思うように打てないので、多少痛みを感じる体を起こすと、新鮮な空気を吸うために窓を少し開けた

冷たい風がスッと入ってくる

「あ~、気持ちいい」
完全に目が覚めて、脳もスッキリした

大きく背伸びをすると、車を動かし、駐車場から国道へ出た

対向車とすれ違うこともなく、国道から細いわき道に入る

自宅までのこの道は離合が出来ないほどの狭さで、出勤や退勤時間帯だと必ず離合のために道の譲り合いが必要となる

「チカ、チカ、チカ」

夜中だと車のライトで対向車が来ているかどうかは判断できるが、
用心のためにも左右を確認してT字路を左に曲がる

曲がった後、30m先にもう1つのT字路がある

そのT字路の向かってちょうど正面に4世帯が入れる最近出来たばかりのハイツがある

2階にはまだ灯りがついている
レースのカーテンがされるいるため、うっすらとしか見えないが部屋の中が覗き込めてしまう

「あっ」

ゆっくりと互いに動いているのが見える
そして、重なろうとしている

長瀬は本能的に車のスピードをさらに落とした状態でゆっくりとT字路に近づいていく
むしろ、車の音がしないようにと変に気を使っている

車をゆっくりと走らせながら、もう一度部屋の中を覗き込む

やはり、ゆっくりと互いに動いている
そして重なろうとしている



しばらくは時が止まっているような感じ



長瀬はここまで来たら、せめて重なる瞬間を見届けたい
そう思った


大きい方が小さい方の上に重なろうとしている
ゆっくりとした動き、とても優しさを感じるようなスローな動きだ



重なった…
とても美しい重なり方をしている


壁にかかった時計の針がちょうど0時を示している



【終わり】

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