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【ライトノベル #6】カプセル
私たちの生活はピアノの鍵盤の上で動く指のよう
指揮者に従い、演者が奏でる名曲に合わせて1日が過ぎていく
名曲だが、なぜか半音ずれたままの演奏である
私たちはここ数年、いやもっと長い時間の中では”ずれ”が当たり前のようになり、この演奏に違和感を感じない鈍感な感性になってしまった
少年の名前はジャック
ジャックは目覚ましの音で深い眠りから覚めた
起きたばかりで何だか冴えない
眠い目を擦り、大きなあくびをひとつ
「今日のカプセルは何だ?」
真四角の小さな白いテーブルの上に置いてある手紙と1つのカプセル
手紙といっても内容は浅い
「おはよう、ジャック。今日のカプセルを置いておくよ。」
ただそれだけである
ジャックはこの手紙をいつ、誰が、どのような目的で毎日届けるのか、
本当のところはわかっていない
ただし、そこを知りたいとは思わない
「シュー…」
ポットから湯気が立ち上がり、再沸騰した合図だ
熱すぎないよう、少しだけ冷水を混ぜるとカプセルを飲み込んだ
起きたばかりで機能していない臓器に温かい流れが伝わっていく
「生きているんだよな、オレ」
ジャックは高層ビルの屋上から街並みを見渡すと、右足を軸に大きく飛び立った
背中には小さな羽根
方向を操作するためだろうか、羽が付いている
ジャックの中ではビルの屋上からはもっと勢いよく下に落ちていくと思っていたらしい
この違和感も実は当たり前なのかもしれない
感性が鈍っているのだ
ビューん、ビューん
東から西への風に流される
「うっ、バランスが悪い」
もうそろそろビルの真ん中くらいのとこまで来たかな
「へえ〜、街にはこんなに人がいたんだ。どんな目的で、どこに向かっているのだろう」
勝手な想像で女性の姿、子どもの姿、バス停では老人の姿もあるのだろうけど、小さな斑点として見える
ビューん、ビューん、ふわっ
今度は下から吹き上げる風だ
ほんの一瞬だけ体が軽くなるのを感じる
「これが無重力みたいな感じなのかな??」
時が止まったようにも感じる、この瞬間は違和感あるものの、何ともいえない快感だ
そろそろ近づいてきたな
着地の準備をしよう
「あれっ」
あんなにたくさんの人がいて、止まって見えていたものに流れが見える
一人一人歩くスピードも歩き方も違うじゃないか
なんだ、このカプセルはそういうことを見せたかったんだな
【終わり】
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