予測の価値:Net benefit
このページでは予測によって得られる正味の利益(Net-benefit)について解説しています。
また予測に興味があるかたは以下の過去の記事についても参考にしてください。
予測における利益と害
臨床現場において予測することの意義として代表的なものが
「治療方針の変更や追加の介入の意思決定に役立つ」ことだと思います。
予測をすることで「悪いことが起こる確率をも見積もり、介入が必要かどうかを判断できる」、その結果として「追加の介入を受ける機会につながり(潜在的に)アウトカムの改善が期待できる」ことです。
例えば、
降水確率80%と予測し、傘を購入した。実際に雨が降ったが、傘のおかげで大事な書類が濡れなかった。
一方で、予測が外れると害も発生します。誤った予測で不必要な介入、不必要な対応をしてしまうことによるコスト、有害事象の発生などが害となります。
例えば、
降水確率50%と予測し傘を購入したが、雨は降らず無駄な出費になった。また不要な傘を持ち歩く羽目になった。
のようにコストや手間がその一つになります。
注)この例の場合、傘を買うという介入により、書類を雨で濡れることを回避することができるという効果が非常に高く、傘がなければ書類は濡れるという前提です。
このように予測することの利益と害は、
・予測が当たる(真陽性の利益)→適切な対応ができる。
・予測が外れる(偽陽性の害)→不必要な対応をしてしまう。
があります。
予測における利益と害のバランス
この予測の利益と害のバランスを臨床現場にあてはめて考えます。
もし、感度80%、特異度90%の検査で病気の予測をして、検査で陽性だった場合に治療を開始するとします。(治療は病気に対して有効であることがわかっています。)陰性の場合は、何もしない、とします。
事例1)事前確率が10%の1000人の疑いの患者さんに予測した場合
真陽性(実際に病気Aがあって治療が適切に行われる)80人の患者が予測で利益が得られる人数です。
偽陽性(実際に病気Aがないのに治療が不必要に行われる)は90人の患者が予測で害を被る人数です。
*陰性の人(真陰性810人、偽陰性20人)は治療しないので、利益も害もなし。(予測しないのと同じなので、ここでは考慮していません。)
つまり利益は80人、害は90人です。利益と害のバランスはどうでしょうか?
単純に差し引きすれば80人(利益)ー 90人(害)=ー10人で害の方が多くなってしまいます。つまり予測で治療方針を決めることで害が受ける人数の方が多くなってしまうように思います。
しかし、実際には利益と害には相対的に価値が異なります。
もしこの病気Aが、治療をうけなければ致死率が高く死ぬ可能性が高く、治療を受けると効果が高く救命に成功する可能性が高いと考えられ、かつ治療の有害事象がわずかで不適切な治療の害が小さい場合、
つまり、
1人が適切な治療の利益を得る >>> 1人が不必要な治療の害をうける
相対的に治療の利益の価値が害よりも大きい場合、
(利益を受ける人数)ー(害をうける人数)の単純な差し引きでは評価できません。そこで、臨床的な相対的な重み付け(w)を考慮します。
臨床的な重み付け
もし治療効果が高く、1人が適切な治療の利益を得るためには、10人が不必要な治療の害をうけてしまうことは止むを得ない、受け入れられるとします。その場合、1人が適切な治療の利益は不必要な治療の害の10倍の価値があると考えられます。
つまり
(治療の利益)x 1人 = (治療の害)x 10人
が釣り合うということです。
言い換えると
(治療の利益)/(治療の害)= 1/10 といえます。
つまり偽陽性によってうける治療の害の利益と比較した相対的な重み付けは1/10と考えられます。
これを事例に当てはめると、、
事例2)事前確率が10%の1000人の疑いの患者さんに予測した場合、
真陽性(実際に病気Aがあって治療が適切に行われる)80人の患者が予測で利益が得られる人数です。
偽陽性(実際に病気Aがないのに治療が不必要に行われる)は90人の患者が予測で害を被る人数です。
利益と害のバランス:80人の利益 ー 90人の害
しかし、90人の害は、重み付けを考慮すると1/10と考えられるので。
利益と害のバランス:80人の利益 ー 90人の害* 重み付け(1/10)
=80 - 90*1/10 = 71人となります。
つまり、予測をすると80人が適切な治療を受けることができ、90人が不必要な治療の害を被るが、治療の害は治療の利益の1/10の価値しかない(つまり治療の利益9人分の価値しかない)ので、相対的に差し引き71人が利益をうけることができる、となります。
この差引きした人数を予測の正味の利益(Net-Benefit)いいます。
*実際にはNet-benefit = (真陽性ー偽陽性*重み付け)/ N (対象患者数)
このNet-benefitを計算することで、検査結果で予測し治療方針の意思決定をすることの利益と害のバランスを定量的に評価することができます。
Decision curve analysis(決定曲線分析)
この相対的な重み付けは、医療者または患者の価値観に基づく主観的な数字です。ですので、人によってもシナリオによっても異なります。
そこで、x軸にこの重み付けを表し、y軸にNet-benefitを表すことで、どのような重み付けの状況であればNet-benefitが得られるかを考えることができます。このような図をDecision curve analysisといいます。
Decision curve analysisについても説明すると長くなるのでその説明はまた改めて記事を作成したいと思います。
まとめ
・予測が当たると利益があるが、予測が外れると害をもたらすことがある。
・利益と害の価値は等しくないので、重み付けが必要。
・予測によって得られる利益と害の差し引き(Net-benefit)で考える。
参考文献
Net benefit approaches to the evaluation of prediction models, molecular markers, and diagnostic tests
BMJ 2016; 352 doi: https://doi.org/10.1136/bmj.i6
Decision Curve Analysis. JAMA. 2015;313(4):409–410. doi:10.1001/jama.2015.37