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企業の経営スタッフに必要な統計学はどのレベルか?

子供の受験をきっかけに、高校や大学の進学データや偏差値の統計分析を始めて、それをnoteの記事にしています。そんな中、ある記事のコメント欄で、私が統計学をどのように学び、仕事で活かしてきたのか、というご質問をいただきました。筆者について関心を持っていただけるのは、有り難い限りです。

ただ、私は統計学については専門家ではありません。民間企業の経営企画の仕事で、基礎レベルの統計知識を使ってきた実務家です。偉そうに統計学について語るほどの知見はないのです。でも、学問として学んだことを仕事の中でどう使うかは、20年くらい試行錯誤してきています。

そうした試行錯誤の積み重ねに過ぎませんが、20年もやっているので、他の方に参考になることもあるかもしれません。そんな気持ちで、統計学と仕事についての記事を書いてみたいと思います。

0. まとめ

  • B2Bのプロジェクト型のビジネスを行う会社において、経営スタッフに必要な統計学の知識は、平均値、期待値、データの種類(パネルやコーホート)、パレート図で十分。

  • その上に、分散、大数の法則、正規分布と中心極限定理、一次回帰くらいを知っておくと仕事の幅は広がるが、正規分布以外の確率分布、重回帰、仮説検定までは不要。まして、それ以上の高度な統計学や数学の知識は完全に不要。

  • むしろ、仕事で統計学を活用する場合には、統計学の専門知識を深めるよりも、「経営課題と統計を紐付ける仮説構築力」と「関係者の行動に落とし込こむための統計の伝達力」を磨く方が大事。

  • そのためには、自ら手を動かして統計分析して、グラフや表をわかりやすく表現する工夫を試行錯誤することが必要。

1. 私の統計学の学習歴

私は大学に理系で入学したので、統計学基礎(1コマ)を学んだ後、物理や化学の実験(2コマくらい?)のレポート作成で使ったりしていました。その後、文系の専門課程に進み、計量経済学(1コマ)、国際経済学(1コマ・貿易の重力モデルとうい計量経済モデル)、地域分析(1コマ)、人口分析(1コマ)を履修しています。

数学としての統計学を学んだというより、統計を使う社会科学を学んでいた感じです。ある授業の先生が「民間企業に勤めるなら、ここで学んだことは、マーケティングや企画の仕事で役に立つ」と言っていましたが、まさしくその通りでした。

2. 私の仕事

ここ20年くらいはB2BのITソリューション会社の経営企画の仕事をやっていて、今は日系大手の子会社で経営企画の責任者をやっています。社長ではないので、直接的に会社経営を行っているわけではないですが、経営メンバーの一員という位置づけです。

具体的には、経営分析、中期経営戦略の立案、重要な経営テーマの推進(課題対応含む)、協業先・官公庁などの社外対応、事業再編やM&A、関係会社の設立・清算、各種の社内制度の制定・改変、社内外への経営方針の説明資料作成、機関会議運営などなどを、この20年間で担当してきています。

あと、新卒就職直後のSE時代に、データベースの設計や構築はやっています。データベースの正規化とかは普通にやっていました。資格はOracle MasterのGoldまでは取得しました。

3. 企業の経営スタッフの仕事に役立つ統計学のレベル

上記のような業務経歴なので、企業と言っても対象は「B2Bのプロジェクト型のビジネスを行う会社」です。ITソリューション会社以外だと、建設・土木や重工業・プラントなども近いかもしれません。一方、B2Cのマスマーケティングの会社に当てはまるかはわかりません。

あと、「企業の経営スタッフの仕事に役立つ」と書いていますが、正確には「経営企画の仕事に役立つ」です。ただ、経営企画の仕事は、会計・財務、人事・労務、法務、ITなどを横串で統合することも多いので、ちょっと拡大して「企業の経営スタッフの仕事に役立つ」としてみました。

それでは、どんな統計学の知識が私の仕事の役に立ったのかを書き出してみます。①必須知識、②知っておくことが望ましい知識、③不要な知識(オーバースペック)の3区分で整理します。

①必須知識

  1. 平均値
    日常的に使います。過去3年平均、同業他社平均とか。単純な算術平均(相加平均=和を割り算)だけでなく、加重平均や幾何平均(相乗平均)を使い分けられるとベストです。幾何平均は年平均売上成長率の計算に使ったりします。

  2. 期待値
    経営数値の将来予測をする際に使います。プロジェクト型のビジネスなので、プロジェクトの受注確度を確率で重み付けし、受注額と掛け算して、受注額の期待値を算定したりします。

  3. データの種類(パネルとかコーホートとか)
    あくまで概念レベルでいいのですが、これをきちんと理解してると応用が利きます。特に、コーホートデータは、受注月ごとのコーホートにして、受注月マイナス○ヶ月の時点で、パイプラインや生産計画(在庫)がどういう傾向になっているのかなどの分析に使えます。

  4. パレート図
    いわゆる2:8の法則など、売上や利益に大きな影響を与えるセグメントを特定するのに使ったりします。顧客別売上高のパレート図、商品別利益のパレート図とかパレート図を使いこなせると、経営の打ち手を見つける糸口になります。

②知っておくことが望ましい知識

  1. 分散
    商品・サービスや業界によって、平均値や期待値が当てはまりやすいものとそうでないものがあるので、その背後の概念として分散の概念がわかっていると、売上や利益の見通しや打ち手を考えやすくなります。

  2. 大数の法則
    上述のような期待値で経営数字の予測を行う際に、「個々の部門の数字はブレるけど、たくさん部門を集めた会社全体ではブレは一定の幅に収束する」ということで、精度を割り切る根拠が大数の法則です。

  3. 正規分布と中心極限定理
    「社員満足度(ES)調査について、課ごとの平均値の分布を見ると、なんか中央に凸の分布をしている。じゃあ、ESの高いグループと低いグループはこのくらいで分けてみよう」と比較分析する根拠が、正規分布と中心極限定理です。

  4. 線形モデル:1次回帰分析
    求める結果を得るために、何をすると効果的かということを定量的に示す際に使ったりします。顧客に占める商品Aの比率が、顧客の総売上に相関しているので、商品Aをまずは重点推進するとか。ただ、現場の方は感覚的に理解していることが多いので、あくまで納得を得る感じの使い方です。

③不要な知識(オーバースペック)

  1. 正規分布以外の確率分布
    使いません。経営数値の何らかの分布を見て、二項分布だからこうとか、カイ二乗分布だからこうとか、わざわざ確率分布を精査しません。確率分布の種類が何であれ、課題を掴めて、打ち手がわかればそれでいいのです。

  2. 非線形モデル:重回帰分析
    使いません。変数が多くて、説明と打ち手の検討が複雑になるような重回帰分析は労多くして益少なしです。

  3. 統計的な仮説検定(t検定とか)
    使いません。品質管理の現場業務では必須なのでしょうが、経営レベルの判断で統計的な仮説検定は使ったことがありません。仮説検定するくらいなら、有識者に話を聞いて実現性を検証したり、軽く実行して反応を見たりする方が早くて有益です。

  4. その他の高度な統計知識や数学知識
    使いません。社内のデータサイエンティストとして、データ分析を専門にやる職場でもなければ、一切不要です。

4. 統計学の知識よりも重要なスキル

ここまで書くと、企業の経営スタッフに統計学の勉強は不要だ、となりそうですが、そうではありません。上記の①必須知識と②知っておくと望ましい知識くらいは必要です。大学の教養課程の基礎統計の前半くらいでしょうか。

でも、一定レベルになったら、統計学の知識を深めるよりも、その知識を企業経営の中で使う実践を繰り返すことが大事です。

そして、実践の中で次の2つのスキルが磨かれると、企業の経営スタッフとして活躍できるようになると思います。

①経営の課題と数値を紐付ける仮説構築力

解決すべき経営上の課題やビジネス現場の課題に対して、関係するデータを紐付けて、課題解決の糸口=仮説を作るスキルです。例えば、足下の営業利益が苦戦している際に、こんなことをやるスキルです。

  1. 売上規模別や特性別にプロジェクトをグループ分けする

  2. グループの平均値やサブセグメントごとの過去から推移(パネルデータ)とかの分析をする

  3. そうした分析から、「大型プロジェクトの赤字は例年の幅(分散)だけど、実は、過去の大型プロジェクトから派生する高収益な小型プロジェクトがここ数年で漸減している」とかの課題を特定する

  4. それに対して、「過去3年の大型プロジェクトを洗い出して、営業部隊にフォローアップの訪問をしてもらう」とかの打ち手を導く

これは類似事例を元にしたフィクションですが、仮説構築のアプローチは何パターンかの定石があるはずです。まだ私にはメソッド化できていない暗黙知なので、どこかで形式知にして、部下や後輩に伝えていきたいなぁ、と思っています。

②関係者の行動に落とし込こむための統計の伝達力

経営課題をデータから統計分析した結果は、しっかり分析すればするほど、第三者にはわかりにくくなるという逆説的な特性があります。このような経営数字の分析結果をわかりやすく関係メンバーに伝えて、聞き手に行動に移してもらうスキルです。

私のnote記事は、元々の文章力がそれほど高くないところに、趣味だから「興味がある方に読んでもらえれば十分」と割り切って書いています。そのため、私の記事は少し難解だろうと思います。

ただ、仕事だとそうはいかないので、数字を使ったプレゼン資料とその説明は、かなり気を使っています。聞き手の評判を聞く限り、そこそこ上手くできているようです。

コツは「聞き手は数字に関心がないけど、最低限の数字がないと納得してもらえない」という聞き手の矛盾を理解することです。その上で、伝えたいシナリオを説明するのに必要十分なギリギリまで、数字を削ぎ落とす感じでしょうか。

あとはデザインの基礎を学ぶこと。カラーイメージやレイアウトの理論の本を読むだけで十分です。そして、自分で手を動かして資料を作る試行錯誤を繰り返してみることが大事です。

ちなみに、私の大学生の頃はパソコンの普及初期だったのですが、社会科学で統計を使う授業には、あえて手書きでグラフや表を作る実習もありました。その授業の先生は、こんなことを言っていました。

この先、グラフ作成はパソコンソフトでいくらでも簡単にできるようになる。ただ、楽にグラフを作ることはできても、わかりやすいグラフは作れない。わかりやすいグラフの表現には、自ら手を動かして、試行錯誤する経験が必要。この授業は修行だと思って、手を動かしてグラフを作りなさい。

T大学のA先生

この授業の修行=自ら手を動かして、試行錯誤する経験が、その後の私の仕事に活きています。20年間、経営企画の仕事をやり続けられたのは、この授業のおかげだと思っています。

5. 最後に

長々と書きましたが、「企業の経営スタッフに必要な統計レベルは、大学の基礎統計の前半くらいまで。ただ、これは必要条件に過ぎない。十分条件として、①経営課題と数字を紐付ける仮説構築力、②関係者の行動に落とし込こむための統計の伝達力を磨くことが大事。そして、自ら手を動かして、試行錯誤することが必然」ということです。まあ、ありきたりな話かもしれません。

コンパクトにまとまらず、長文となり恐縮です。これを読んでいただいた方の、スキルアップやキャリア形成の一助にでもなれば幸いです。

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