異物としての自己
深夜、肉を焼く。
冷たく重い鉄のフライパンに油を塗りつけ、肉をのせ、火をつける。
やがて、はぜるような、肉の焼ける音がする。
裏返す。側面も焼く。中心温度を測り、タイマーを待ち、ホイルに包む。
噛みつく。
昔、猫が躍るのを見たことがある。
国道沿い、深夜、湿った空気とゴムの臭い、肌に張り付くシャツの感触。
トラックにはねられた猫が、頭を抱えて踊っていた。
頭の中で、私の一部が死んだのがわかった。
切り替わった僕は、何も感じず、何も思わずに、血まみれの猫を抱きしめた。抱いたまま、畑の一角を手で掘った。爪に血液と土が食い込んでいた。酷く小さな手だった。
同じだと思った。同じように、そう遠くなく、私も同じように、この子と同じところへ行くんだ、と思った。それは確信だった。
その肉を今食んでいる。
嘔吐する。
私は、虐げられるものの肉を喰うものだ。
虐待者だ。
いつか私を「悪魔」と呼んで、彼女は泣いていた。
私はいつも、私自身の声を、母親と一致させて矢張り嘔吐する。
虐待者だ。
違う、と主治医が言った。
虐待者ならば、異物として排除していい。
でも君は虐待者ではない。
私のような人格を、虐待者のミラーリングだ投影だコピーだ、そう呼ぶ学者がいるのは知っている。
知っている?
違うね。
強く、意識していたんだよ。
主治医は言った。
君は虐待者に対抗するための人格なんだ、と。
そうだ。
そうだぼくらもっと強くならなきゃまた殺されてしまうのに。
怖いよ帰ろうよと泣く小さな声に、苛立ちしか覚えなかった。
だめだぼくらもっと強くならなきゃまた殺されてしまうよ。
護りたいんだ。
ただ小さな弱い君を護りたいだけなのに。
悪魔と呼ぶ。
虐待者と呼ぶ。
異物と呼ぶ。
あいつら皆そうなんだ。
ずっとそうだった。
そうだと思おうとした。
異物だ。
虐待者だ。
悪魔だ。
だから処罰しなけりゃいけないじゃないか。
だったらこいつ、こんな僕は、もっともっともっともっともっともっと、
もっと、痛めつけるべきじゃないか。
こんなやつ。
こんなやつ、僕なんか、死んでしまえ。苦しめ。苦しめ。苦しめ。苦しんで苦しんで苦しんで、
死ね!
ずっと己に叩きつけてきた刃が、間違っていたんだと諭された。
やっと、見つけてもらえた。
異物じゃない。
君自身だ。
君自身だから、変わることができる。
変わりたい、と強く思う。