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理解しようと努める行動は、未来の安寧にも繋がるはず

母はずっと精神的な病に侵されていた。そんな彼女の不安定な様子を長く目にしてきた僕は、母親とはそういうものだと幼心に思ってきた。

その肝心の病名が統合失調症だと認識できたのが今年の春。僕はずっと、病気の母に対して真摯にサポートできていなかった。

薬の管理や、精神安定に良いと言われた散歩に付き合ったりはした。それでも母の妙な行動に核心的な探究はせず、実に曖昧に接してきた。確信に触れるのが怖かったからかもしれないと、今では思う。

大きな声で発する独り言。良く言えば大らか、悪く言えば雑な接し方。父を異様なまでに忌み嫌い、怨んでいたこと。その全ては母の性格と、過去に両親間であったとされるトラブルが原因の行動だとずっと思い込んでいた。しかし統合失調症という病名が、その全ての違和感を真実へと導いてくれた。

今年の春、母の精神が久々に噴火した。薬で暫く抑えられていた症状が解き放たれたのだ。その場面に直面した僕は、子供の頃のトラウマがフラッシュバックした。

十歳の頃、激昂した母に連れられて町中を歩いた記憶。財布の中身を道端にぶちまけたり、駆けつけたパトカーに蹴りを入れる母の姿は、今でも鮮明に覚えている。

電話口では暴言と共に今すぐ来いと叫ぶ母。何も言い返せなかった。通話を切ることさえも。

少し葛藤した。怖い。逃げてしまいたい。病気のせいだとしても怒り狂っている人と対峙することが、とてつもなく怖い。

それでもこの問題から目を背けることはできないと、思いとどまった。彼女は一人で暮らしていて、すぐに駆けつけられる距離に住んでいるのは、家族で僕だけだから。

母の元へ向かうと、朦朧として憔悴しきっていた。僕が恐怖だと感じた暴言は、彼女が精一杯絞り出したSOSだった。

統合失調症患者に応対する者の努めとして「否定をしない」という教訓がある。これも病気について調べてみて初めて知った知識のひとつだ。

実践すると驚くほど効果があった。生まれて初めて母との歯車が合った気がして、少し苦手だった母のことを前よりも好きになれた。

理解できないことを分ろうと努力すること。それが自分の精神をも豊かにしてくれると、身をもって実感できた出来事だった。

日常の中で他人と衝突する機会は、誰しもあると思う。それでも、歯車が合わない原因は何か?そう意識することで相手のことを知り、それが円滑な関係性…即ち個々にとってのより良い未来に繋がるかもしれない。

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