雨のち晴れ【短いお話】
雨のち晴れ
「降水確率20%じゃなかったのかよ」
天気予報に悪態をつきながら、雨の中を走る。突然、雨に降られ、僕は慌てて公園の東屋に駆け込んだ。舌打ちしながら、ベンチに腰を下ろす。雨は一層激しくなり、屋根を叩く音が心地よいリズムを奏でている。
ふと、東屋の奥に視線を向けると、反対側のベンチに一人の老紳士が座っていた。慌てて駆け込んだので、気づかなかった。
会釈をすると、彼も微笑んで黙礼した。彼は傘を持たず、ただ雨を見つめている。その姿には、どこか穏やかな雰囲気が漂っていた。
「雨は好きですか?」
突然、老紳士が僕に話しかけてきた。少し驚いたが、その落ち着いた声には不思議と心が和む。
「正直言って、あまり好きじゃないですね。濡れるし、出かけるのも億劫になるし。」
僕は素直に答えた。雨に対する気持ちは、きっと多くの人と同じだと思う。
老紳士は微笑みながら、「なるほど」と頷いた。
「私はね、雨が好きなんですよ。特に子どもの頃は、雨が降るととても嬉しかった。」
「嬉しかったんですか?」
と僕は少し驚いて尋ねた。
「雨が奏でる音や、水たまりを踏む感触、そして雨が地面に染み込む時の匂い。すべてが特別に感じられました。」
老紳士の目は遠くを見つめていた。まるで、過去の思い出を追いかけるかのように。
僕は少し考えた。雨の音が心地よいと感じたことは確かにあるかもしれない。ただ、それが好きとまではいかない。
「それにね、私は雨が降ると父と一緒に過ごせたんです。父は大工で、雨の日は仕事が休みになることが多かったんです。だから、雨が降ると私も父も家にいて、二人で一緒に過ごす時間が増えました。」
老紳士は懐かしそうに微笑んだ。
「父が休みの日には、いろんな話をしました。大工の仕事について教えてくれたり、一緒に何か作ったり。雨の日は特別な日でした。父がそばにいてくれる、そんな日だったんです。」
その言葉に、僕は少し羨ましい気持ちを抱いた。雨の日が誰かと過ごす大切な時間だったという老紳士の話は、僕にとっては新鮮であり、少し温かい気持ちになった。
「そういう思い出があると、雨が好きになるのも分かりますね。」
僕はそう言いながら、雨を眺めた。雨粒が東屋の屋根を打ち、音を立てて地面に跳ね返る。その光景に、少しだけ安らぎを感じた。
やがて、雨音が徐々に静かになり、気が付けば空が明るくなっていた。僕と老紳士は立ち上がり、東屋から出る。空に美しい虹がかかっているのが見えた。
「雨の後には、こんなご褒美が待っていることもあるんですよ。」
虹を見上げながら、彼が言う。
「お陰様で、少し雨を好きになりました」
僕の言葉に微笑むと、彼は背中を向けて歩き出した。僕も彼とは反対側に歩き出す。
なんとなく、足が軽くなった気がした。
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