はみ出した自由
大阪のホテルで1人これを書いている。
思い立って大阪に来た。友達に会いに来たという名目はあるものの、8月のフジロックまでの期間に生きる楽しみがなかったからというのが本当の大きな理由だ。
大阪のホテルで1人こんな時間にこんなnoteを書いている。すごく快適で自由なはずなのに普段と同じような夜を過ごしていることが少し虚しい。
昨年の2月からコロナウイルスが蔓延し、それからは他の県に行くとしても東京と神奈川県を往復する日々だった。そんな日々から脱したい思いで今回初めて1人この大阪に来た。
よく知らない電車に乗り、よく知らない駅に着き、よく知らない街を歩く。普段の生活では迷うことのない乗り換えや街の歩き方、何から何までが新鮮に感じた。少なくともこの1年では一度も感じない迷いだった。スマホの充電がもし切れてしまったらもう二度とホテルへと帰れない危機感を感じたのは久しぶりだった。迷子になって駅員さんに出口を尋ねた。そんなことも久しぶりだ。こうした事故が今の人生にはとても必要なことだった。
自宅と職場を往復するだけの日々は、決まった時刻の決まった電車に乗り、決まったルートで決まった道を歩くだけの移動という作業でしかなかった。迷いもしなければ、考えることもない。喜びもなければ不安もない。新鮮さもなく、何事もない。こんな毎日は安全で安心。
だけど僕らの人生は予想外の事故が起こるから、考えたり戸惑ったり対処したりする。そして新しい出会いや感覚が生まれる。このたった1年の間でそんなことすら忘れているほど心は疲れ果てて、薄汚れていた。
誰も知らない、歩き方も居場所もよく分からないこの街を歩いてる時に果てしのない自由を感じた。予想のできない出来事にもっと試されていたい。そんな風に思う今日だった。
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