自殺に失敗した話
3年前にうつ病と診断されてから、クローゼットの一番下の引き出しにロープを入れていた。
ネットで調べてホームセンターで買った、首吊りに向いているらしい素材のロープ。
すぐ死のうと思って買ったわけじゃなくて、これを持っていればいつでも死ねるという安心感が欲しかった。
何度か結んだこともあったけれど、本当に使う日が来るとは思っていなかった。
その日は、本当にいつも通りだった。
いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに学校に行って。
でも、もう限界だった。
いつも通りに無視をされて、いつも通りに悪口を言われて。
いじめと呼べるほど大したことではないし、もう大人だから周りはそんなことに付き合っていなかった。
たった一人からのちょっとした嫌がらせ。
人間合う合わないはあるし、気にしないのが一番なのは分かっていた。
でも、他人から向けられた憎悪に耐えきれなかった。
自分はただ、穏やかに暮らしたいだけだった。
だから、自分を守ろうと思った。
そう、これは自分を守るため。
逃げるわけじゃない。
引き出しの奥のロープを引っ張り出してきて、ネットで検索しながら見よう見まねで結んだ。
そして、遺書を書いた。
自分が大切にしている人たちを悲しませちゃいけないと思って、遺書には「前向きな決断」と記した。
最後に署名をして、もう自分の名前を書くのも最後か…としみじみとした。
ロープに首をかけた。
母に「ごめんね」とだけLINEして、スマホは遠くに投げた。
すがすがしい気持ちだった。
やっと死ねるのが嬉しかった。
涙は止まらなかったけれど、後悔なんてなかった。
首に全体重を任せて、私は楽になった。
玄関のチェーンロックを破壊する音で目が覚めた。
咄嗟に「たすけて」と言ってみたけれど、言葉にはならなかった。
すぐに首からロープが外されて、床に横たえられた。
安心した。助かったと思った。
なんだ、本当は死にたくなかったのかとおかしくて笑った。
実際は、顔面が麻痺していて全然笑えていなかったけれど。
そして同時に、これから待ち受けている現実に震えた。
どんな顔して学校行けばいいのかなあとか、死に損ないって馬鹿にされるかなあとか。
ただ、私が自殺未遂をしたということが、嫌がらせをしてくる愚かな女の心に少しでもチクリと刺さったらいいなと思った。
そんな訳ないのに。
気が付いたら警察署のソファの上に横になっていた。
ここで一晩過ごすように告げられ、ロープは警察署で処分されることになった。
病院のベッドじゃなかったことにまず安堵した。
ただ、両頬と右手の指が全然動かせなかった。
まあ失敗した時の何らかの代償は覚悟してたから、むしろ軽い後遺症で良かったと思った。
あと、後日気付いたことだが、首にもロープ跡のあざがくっきり残っていた。
今そのあざは消えてしまったが、自分が自殺未遂をした事実まで消えるみたいで悲しかった。
これは、私が私を守るために闘った証だから。
ここからは後日談に移る。
翌朝母が新幹線で飛んで来て、すぐにかかりつけの精神科に連れていかれた。
そして当然のように閉鎖病棟へ入院するように告げられた。
ただ、正直今は死にたい気持ちはかなり薄い。
それどころか、絶対に生きてやるとまで思っている。
ここで最後に、今の自分の支えとなっている短歌をご紹介したい。
私の生きる目標については、ご想像にお任せしたいと思う。