「カネカ育休転勤問題」と「働き方改革」と「労使自治の原則」について
今月6日に政府の規制改革推進会議は『限定正社員』について、勤務地など、労働条件の書面化を企業側に義務づける提言をまとめました。
勤務地、職務、勤務時間を通常の正社員よりも制限する限定正社員制度の導入を促進することにより、「正社員」と「非正規雇用の労働者」の二極化を緩和し、労働者一人ひとりのワーク ・ライフ・バランスと、企業による優秀な人材の確保・定着を図ることが政府の目的とするところのようです。
ただ、これは政府の独りよがりな取り組みという訳でもないようで、独立行政法人 労働政策研究・研修機構が就活サイトに登録している大学生・大学院生5601人にアンケートをとったところ、勤務地限定正社員について、「ぜひ応募したい」と回答した人が24.5%、「一般正社員と処遇の大きな差がなければ応募したい」が48.1%で、合わせると7割を超える人気ぶりという結果が出ました。
勤務地限定正社員について許容し得る時間当たりの給与水準の差は、厚労省による従業員アンケート結果によれば「同水準もしくは1~2割低い水準」とする回答が約8~9割を超え、同省による導入企業に対するヒアリングでも1~2割低い水準で運用しているケースが多く、労使概ね一致しているというところでしょうか。
些か強引ではありますが、ここから企業は「強固な配転命令権」の対価として労働者に対し本来あるべき賃金より1~2割程度のプレミアムを支払っていると読み解くことも出来そうです。
これとは別に政府が推し進めようとしている日本版・同一労働同一賃金とこれに伴う雇用流動化が実現するならば、不本意な配転命令を受け入れてまで当該企業での勤務継続に拘る理由は薄れ、プレミアムという概念も崩れる未来となることでしょう。
今回のカネカの問題は、「雇用を守りプレミアムを支払っている訳だからこの程度の配転指示には従って貰わないと組織が機能不全に陥る」という旧来型日本企業の経営者意識と、「自らの身にも起こり得る育休復帰後まもなく配転という不本意なシチュエーション」に自らを投影し危機感を覚え、SNSという手段をもって社会問題化することでモラルの領域での配転拒否権を事実上勝ち取ろうとする大衆との対立構造とみることも出来そうです。
問題が大きくなった背景としては富士通やコカ・コーラによる45歳以上をターゲットとする衝撃的なリストラ計画、トヨタや日立等の相次ぐ脱終身雇用宣言等、漫然とした雇用維持不安の反動としての権利意識高揚という側面もあるかもしれません。
カネカ問題は日本の人事制度・人事戦略が大転換期に差し掛かかりつつあることを象徴する事案であり、限定正社員制度の一般化や、さらにその先にある同一労働同一賃金による雇用流動化がどのくらいの時期にどれくらいのレベルで動き出すのか他社動向を見据えた上で旧来型人事制度からの脱却について社会と歩調を合わせて上手にハンドリングしなければならない人事政策として非常に難しい時代に突入したものと受け止める必要があるでしょう。
一方で、炎上騒動によるイメージ対策の重要性を過剰に主張する意見もみられますが一理はあるものの本質的にはこれは違うのではないかと考えます。
労働法には「労働者(労働組合)と使用者が対等な立場で(団体)交渉を行い、労使の合意に基づいてルールを形成すること」とする個別企業による労使自治の原則があります。
人事制度をどのようにハンドリングしていくかについては、カネカのような労働組合がある企業にあっては労組と協議し今後のあるべき人事制度のビジョンを労使で共有していくことが重要であり、その協議の過程で政策上の要請やSNS等による社会的評判を意識し寄り添う必要性はあるものの、非当事者にイニシアティブをとられることによりその形成が為され、本来あるべきはずの当該企業の人事制度とその変革プロセスが大きく歪められたり想定外に急がされることがあってはならないと考えます。
労組や従業員というカネカ人事制度の全体像を知る当事者にあっては、今回の育休転勤問題を一長一短ある人事制度上の諸施策の一事象として捉え、会社判断と対応を「悪」だとは考えていない可能性もある訳です。
株価の下落云々という指摘もありますが、評判により下落したのであればこれは一過性のものと捉えるべきであり、一時的株価対策のために自社のあるべき人事制度を歪め大衆に迎合するという人事判断は非常にナンセンスだと考えます。
短期投資家は別として長期安定投資家は投資企業にこのような対応を求めてはいないでしょう。
難しい時代であるからこそ外部が騒がしいときほど冷静な人事判断が求められるのではないでしょうか。
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