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《コラム》認知的不協和とリテンション
甲さんはエンジニアに憧れてA社に入社し、着実に経験と実績を積み重ねてきました。
ところが、ある日、乙部長に呼ばれ、「来月から経営企画室に行って貰う」と辞令を手渡されました。
面食らった甲さんは、「なぜ経営企画室なのでしょうか?私は一流のエンジニアになるために、これまで必死で勉強し、実績でも同世代ではかなり上位のはずです。エンジニア業界は進歩が速く、経営企画室の仕事をやっている間に、同期のライバルに置いて行かれるのがとても怖いです。どうしてなのでしょうか?」と乙部長に尋ねました。
甲さんのこの心理状態は、アメリカの心理学者のレオン・フェスティンガー氏の提唱によると「認知的不協和状態」といいます。
「認知」とは、「事象を知覚した上で、経験や知識などに基づいてそれを解釈する心理過程」のことをいいます。
甲さんの認知を分解すると・・・
〔認知1〕自分は一流のエンジニアになりたい。
〔認知2〕経営企画室の仕事に就くと、エンジニアとして遅れてしまう。
となります。
〔認知1〕と、矛盾した〔認知2〕の競合により葛藤が生じた心理状態が「認知的不協和」です。
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不協和の存在は、その不協和を低減させるか除去するために、何らかの圧力を起こすとされ、その圧力による人間の行動パターンは、次の3つに分かれます。(不協和の強弱に応じて圧力の大きさも決まります)
1)心理に現実を合わせて心理的矛盾を解消する
2)現実に心理を合わせて心理的矛盾を解消する
3)別の考えを持ってきて心理的矛盾を解消する
上述のケースで具体的にこれを説明しますと、甲さんの心理は次のようになります。
1)A社を退職し、エンジニアとしてのキャリアを継続できるライバルのB社に転職しよう。
2)いつまでも経営企画室という事はないだろうし、経営企画室で学ぶこととなる経営戦略の立案や策定、組織改革や事業再編の知識や経験は、いつかエンジニアとしてチームをまとめる立場になったときにきっと活かせるに違いないので前向きに捉えて取り組もう。
3)一流のエンジニアになる事が目標だったけれど、改めて考えると激務で有給休暇も取得しづらく、労働時間は長かった。経営企画室は納期管理も緩く、そこまで労働時間は長くないと聞いているし、家族との時間も取れるようになると考えれば案外良いかもしれないな。仕事ばかりが人生じゃないし気楽にやろう。
このケースで乙部長に必要なことは、まず甲さんの認知的不協和の「存在」に気づくことです。
今回は、甲さんの葛藤は幸い言葉で明示されていますが、辞令交付時には言葉や態度にはまるで出さなかったのに、ある日突然に退職代行会社から確定事項として連絡が来る・・・なんてことも最近の若者においては珍しくありません。
次に重要なことは、乙部長が甲さんの認知的不協和の「大きさ」を正確に把握することでしょう。彼にとってそこまで大事だとは思わなかった・・・では、上司失格です。
最後に、乙部長に求められる最も重要なことは、甲さんが2)を判断するように「導く」技能です。
1)は勿論のこと、エンジニアとして順調に成長している甲さんを、経営企画に完全にキャリアチェンジさせる3)は、この時点での会社の本意ではないはずです。
であれば、なぜ経営企画への異動を判断したのか、本人が納得する形で丁寧に、熱情をもって伝える事が求められます。
そのためには日ごろからの上司と部下の信頼関係(心理的契約)が鍵となることは言うまでもありません。
同一労働同一賃金による雇用流動化社会に備えて、優秀な人材の流出防止策(リテンション)の重要度は更に増すことになり、AIには置き換えることが出来ないこれからのビジネスマンとしての大きな価値となるでしょう。
三浦 裕樹/MIURA,Yūki
Ⓒ Yodogawa Labor Management Society