慣行農法と有機農法の持続可能性

オーガニックな農法(有機農法)を指して、持続可能な農業とする用法も随分と浸透してきたように思います。色々なところで記事を見るようになりました。

書いている方々は評論家や自然保護の活動家、オーガニックで商売をされている人が多いようです。ただ、私はこの持続可能な農業という言葉に多大な違和感を感じています。

別に、オーガニックで商売されている方の邪魔をしたいわけではありません。商売には過大な宣伝とごまかしは付き物です。例えば、私の本業の学習塾界隈でも「やれば出来る」と標語のように繰り返します。が、正直言って、多少勉強したからといって、みんながみんな、何でも出来るようになるわけではなく、出来る人が出来るようになるだけ、と思わないでもありません。そもそも勉強するにしたって向き不向きがあるような気がします。

そうは言っても皆に勉強はして欲しいし、実際こちらの期待以上に出来るようになる人もいます。標語の意味は確かにあるのでしょう。ですが、標語通りにはうまく行かない時に、標語が実際に意味していることを考えておくことは重要だと思います。

話を戻します。

化学肥料や、有機農法として認められた農薬以外を使わない農法をわざわざ持続可能な農法と定義することは、勿論、現在の主流となっている慣行農法を持続可能ではないと示唆していることになります。そこでまずはその慣行農法の持続可能性について見ていきたいと思います。次に有機農法の問題点について述べ、最後に持続可能な農法が意味するものについて考えたいと思います。

慣行農法の持続可能性

そもそも持続可能な農業とはどのような定義でしょう。OECD(1993)では

第一に経済的に成り立つ農業生産システムであること、第二に生産手段としての自然資源基盤を維持向上すること、第三に農業以外の生態系を維持向上すること、第四に農村の快適さや美しさを創出すること、これら4つの条件が必要である

有機農業と環境保全:特別栽培から持続型農業の本流としての有機農業へ
小松﨑将一

となっています。一方、日本の

平成11年に制定された『持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律』においては「持続性の高い農業生産方式」とは、土壌の性質に由来する農地の生産力の維持増進その他良好な営農環境の確保に資すると認められる合理的な農業の生産方式と定義している。

同上

とのことです。共通するのは農地の生産性を長期に渡って維持し、農地以外の環境も守る農法ということでしょうか。一般には、慣行農法が引き起こしているとされる、土壌の劣化や水質汚染、生態系の破壊などを起こさない農法と理解されているかも知れません。また、慣行農法は化学肥料の製造に石油を使ったりすることから、化学肥料が永遠に利用できるわけではないといった理由で持続可能ではないとする言説もあります。順に見ていきます。

土壌の劣化

何を持って土壌の劣化とするか、ですが、土壌中の生態系の豊かさの尺度として土壌炭素量があります。慣行農法や有機農法の42年間の長期研究としてHans-Martin et al. (2022) Biological soil quality and soil organic carbon change in biodynamic, organic, and conventional farming systems after 42 yearsがあり、土壌炭素量を測定しています。結果のグラフを転載します。

Hans-Martin et al. (2022) Biological soil quality and soil organic carbon change in biodynamic, organic, and conventional farming systems after 42 years
NOFERT: 肥料なし(コントロール)、CONMIN:慣行農法で化成肥料のみ、CONFYM:慣行農法で化成肥料と堆肥を使用、BIOORG:有機農法。略称後の数字は堆肥の投入量

化成肥料のみだと土壌炭素量は低落傾向を示しますが、堆肥を投入すると土壌炭素量は一定水準を維持したままです。また、慣行農法でも有機農法でも化学肥料の使用有無というより堆肥の使用量の多寡が土壌炭素量の維持に大きく効いていることが判ります。ここから化学肥料の使用がただちに土壌の劣化に結びつくのではなく、堆肥を使わないことで土壌が劣化していくことが推測されます。堆肥をあまり使わない有機農法よりも堆肥を多く使う慣行農法の方が土壌炭素量は多く維持されます。

水質汚染

水質汚染の尺度としては富栄養化が思い浮かびます。土壌から流亡した窒素やリンなどが赤潮などを引き起こし、漁業に被害を与えることもあります。

ただ、化学肥料の使用に伴って富栄養化が進展し、赤潮の被害などが増加し続けているかというとよく判らない。定量的なデータが見当たらないのです(どなたかご存知の方がいらっしゃったら教えてください)。論文を見ても、増えてると言ってる人は多くいますが、言ってるだけで、世界的にどう増えてるかまで言及している人は見当たりませんでした。

富栄養化は化学肥料と結びつけられて考えられることが多いのですが、それは化学肥料の導入の初期段階に過剰施肥を招いた過去が影響していると思われます。知識の蓄積と経済性の面から、過剰施肥は慎むべきだというのは常識になりつつあります。一方、有機肥料がいくら肥料焼けを起こしにくいからと言っても、多量に投入した肥料分が流亡すれば富栄養化に結びつくことは化学肥料と変わりません。

かつて瀬戸内海は、富栄養化によって赤潮が多発し、「瀕死の海」とも呼ばれました。しかし、環境省によれば

瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸法)に基づく対策をはじめとする様々な取組が奏功し、一部の海域を除き、全体としては一定程度改善しました。

瀬戸内海環境保全特別措置法の一部を改正する法律について

ここでの対策は主に生活用水や産業用水の排出規制であって、瀬戸内海周辺地域の農業を全面的に慣行農業から有機農業へ転換するという話ではありませんでした。それでも、水質改善はなされ、逆に一部海域では海がきれいになり過ぎて魚の餌となるプランクトンがうまく育たず、漁獲量が落ちてきました。そこで令和4年に瀬戸内海環境保全特別措置法の一部を改正する法律が施行され、海の貧栄養化に対応することになりました。

日本全体で見ても「富栄養化が原因とされる赤潮の発生回数やその規模も改善して」(海洋政策研究所)おり、むしろ貧栄養化が問題になりつつあります(貧栄養化による同種の問題は日本だけでなく、北海南部でも指摘されており、カレイの漁獲量の減少に繋がっているとされています)。

これが慣行農法が主流である日本で起きている事態です。従って、慣行農法を富栄養化の主因とする論調は誤りだと思います。ましてやこの面から有機農法への転換を勧める論法には無理があると感じざるを得ません。

生態系の破壊

有機農法が慣行農法に比べ、生物多様性の面で有利だという研究は多くなされています。一方で、有機農法の収量が慣行農法に比べて劣るという指摘もあり、その生物多様性の増加と収量をメタアナリシスでプロットしたグラフがこちらです(ログスケールなので0が基準であることにご留意ください)。

Scatter plot of log yield ratio versus log biodiversity ratio in organic versus conventional farming. Effect sizes were calculated from treatment pairs within studies. The red line shows the overall linear regression (n = 205); the pink line refers to the linear regression for microbes (n = 100) and the green one for plants (n = 43)
Shanxing et. al (2022), Biodiversity and yield trade‐offs for organic farming

研究ごとに、実際何をもって有機農法や慣行農法としているのかや、農地の環境なども異なるのでかなりばらついた結果になっていますが、生物多様性と収量は基本的にはトレードオフの関係にあることが見て取れます。生物多様性も増して収量も増えている研究もあるのですが、増している生物多様性は微生物によるものだったりで一般的にイメージされる生物多様性とは異なっていたりもします。

確かに農地だけを見れば、有機農法と慣行農法では有機農法の方が生物多様性の面では優れています。しかし、同じだけの収量を上げようとすれば、有機農法では単位面積当たりの収量が減るので農地を増やさざるを得ません。「農業は土地利用変化の最大の要因であり、かつ生物多様性喪失の最大の原因でもあります」(国際農研)。有機農法によって僅かに生物多様性を増加させる一方で、原生林を切り開き新たに農地を作るようでは元も子もありません。

1961年から2000年にかけて、世界人口は98%増加したのに対し食料生産は146%増加し、一人当たりの食料生産は24%の増加を示した。作物収量は2倍以上に増加した一方で、驚くべきことに耕地面積の増加は8%に留まった。

世界土壌資源報告:要約報告書

上の引用にもある通り、かつて慣行農法は偉大なる業績を成し遂げました。人口増加という圧力に抗して、自然環境を出来るだけ守ったのは慣行農法の力でした。しかし今、事態は変化しつつあります。Global maps of cropland extent and change show accelerated cropland expansion in the twenty-first centuryという論文によれば、2003年から2019年までに主にアフリカと南アメリカの農地の拡大によって、世界の農地面積は9%増大し、その増加分の49%は森林などの伐採によります。アフリカと南アメリカでは人々が豊かに暮らすために再び農地が増えつつあります。豊かに暮らしたいと願うのは人々の権利であり、これを止めることは出来ません。その願いと森を守るために必要なことは、既存の農地の単位面積当たりの収量を上げ続けることであって、決して逆ではありません。

農薬

化学的に合成された農薬を使用しないので、有機農法は生態系を破壊しないという人がいます。しかし、近年の合成農薬は選択性が高く、標的とする病気や害虫以外には効果がないものが多くなってきています。逆に、有機農法で認証されているボルドー液は水棲動物に強い毒性があり、河川などに流出しないよう注意が必要です。また、「ボルドー液は吸入毒性があり、眼には重篤な損傷を与えるリスクがある。」と欧州食品安全機関は述べています。

ミツバチの減少が一時期話題になったことがありました。その時に嫌疑を掛けられたのがネオニコチコノイド系の農薬でした。しかし、実際には世界的なネオニコチコノイド系の農薬の禁止などは行われていないにも関わらず、ミツバチの数は増加しています。

Regional changes presented as percentages of the annual number of managed honey bee colonies compared to 1961 (a) and number of colonies per capita (b), 1961–2017.
Bernard et al. (2022), Uptrend in global managed honey bee colonies and production based on a six-decade viewpoint, 1961–2017

特に、ネオニコチコノイド系が禁止されていないオーストラリア(オセアニア)に注目して頂きたいと思います。一時的なミツバチの減少をネオニコチコノイド系農薬に起因させるのは間違いです。

化学肥料

肥料の三大要素といえば窒素、リン酸、カリです。これらは化学肥料として果たして持続的に供給可能なのでしょうか。

窒素肥料はアンモニアから合成されます。そのアンモニアを作るには窒素と水素が必要です。窒素は空気中に豊富に存在しますが、水素を作るには現在のところ、天然ガスの主成分であるところのメタンから作るのが最も安価な方法です。そこで、この天然ガスの埋蔵量が有限であろうことから、化学肥料も有限であるという言説があります。しかし、水素は別に天然ガスからしか作れないわけではありません。ハーバー・ボッシュ法が実用化された当初は、水を熱した石炭に通して酸素を奪い、水素を作っていました(現在でもこのやり方で水素を作っているところもあります)。石炭は可採年数が139年(BP統計2021年版)と天然ガスの可採年数48.8、石油の53.5年と比べて長いのが特徴です(可採年数は資源エネルギー庁の 令和3年度エネルギーに関する年次報告によります)。

また、この可採年数ですが、石油の可採年数が「回収率の向上や新たな石油資源の発見・確認により、1980年代以降は、40年程度の可採年数を維持し続けてきました。」と同年次報告にある通り、技術の進歩や新たな資源の発見により伸びる可能性は非常に大きいです。さらに将来、水素社会とやらが到来した場合、窒素肥料に関して供給不足の心配はなくなるといって過言ではないでしょう。

リン酸とカリについては、農林水産省によれば、

経済埋蔵量と2022年産出量から可採年数を推定すると、りん鉱石で約330年、加里鉱石で約280年となる。

肥料をめぐる情勢令和5年5月

とあります。流石に200年も先になると技術も進んでいる筈です。可採年数自体がかなり伸びるだろうことと、世界の人口もその頃にはかなり減っているでしょう。化学肥料の枯渇について心配する必要はみじんもないと言ってよいと思います。

慣行農法の持続可能性についてのまとめ

慣行農法は現状、土壌の劣化や水質汚染について大きな問題とはなっておらず、むしろその高い生産性によって、地球全体の生物多様性を維持しているとすら言えます。慣行農法は持続可能なのです。

では一方で、有機農法は本当に持続可能な農法と言えるのでしょうか。

有機農法の持続可能性

有機農法は堆肥を多量に使用します。堆肥には樹皮や落ち葉も使用しますが主な原料として牛糞があります。牛の飼料はトウモロコシや大豆粕などが使われますが、これらのトウモロコシや大豆は慣行農法によって育てられたものです。

有機肥料にしても油粕の原料となる菜種や鶏糞の飼料などは慣行農法由来です。このあたりの事情は日本だけのものではありません。

Nowak et al. (2013)は,フランスの有機農場での使用資材の由来について調査した結果,慣行栽培由来の養分が窒素で23%,リン酸で73%であり,カリ成分で53%であることを指摘している.

小松﨑将一(2018),有機農業と環境保全:特別栽培から持続型農業の本流としての有機農業へ 

現代の有機農法は慣行農法によって得られる安価な堆肥、肥料がなければ成立しないのです。

有機農法が意味するもの

では、安価な堆肥や肥料が得られない有機農法はどのようなものだったのでしょうか。持続可能な農法として知られているのは焼き畑農法とかもあるのですが、比較的生産性の高いと思われる江戸時代の農業を見てみましょう。

江戸時代の農業は生産性を上げるために手間暇を惜しみませんでした。都市から排泄物を農村へ運び、肥溜めに溜めて熟成したのち肥料とする、辺りに生えている雑草を集めて緑肥とする、他にかまどの灰や取れ過ぎたイワシなどの魚を干したものなど、肥料となるものなら何でも利用しました。

畑や田んぼにしても農地として利用できそうな土地は余すことなく利用しました。その結果が今も残る段々畑であったり、長年、落ち葉や雑草を取り除かれて貧栄養化した里山だったりするわけです。

それでもなお、日本の人口は江戸時代に3300万人程度に留まります。しかも、江戸時代の人々は現代の水準からみれば主にタンパク質の不足により明らかな栄養不足状態でした(これは畜産を行うより米を育てる方が農地面積当たりのカロリー効率が良いことによります)。

平成24年度国土交通白書

享保の改革あたりから人口の増大に急ブレーキが掛かり、以後明治維新までほとんど横ばいな点にご注目下さい。農業生産の限界ぎりぎりまで増えた人口は、ひとたび天候不順などの問題が起これば、即座に飢饉をもたらします。

Our World in Data というサイトから引っ張ってきたグラフでは化学肥料がなかった場合に可能な世界人口が推計されています。

1930年代はまだ、化学肥料による農業生産の増大が真剣には考慮されておらず、マルサスの人口論の影響も根強いものがありました。そのため、ヒトラー率いるところのナチスドイツは自民族が生き残るための「生存圏」として東方への侵略を企てます。

お判りでしょうか。慣行農法に頼らない有機農法が持続してきたものは、飢饉、飢餓への恐怖と戦争の危険性の増大に他ならないのです。ここを明らかにしないで有機農法をいたずらに信奉することは社会に対する毒だと考えます。

現在の70億を超える人口は化学肥料なしには到底あり得ません。もし、純粋な有機農法が持続可能だとするなら、まずは「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」のサノスに指を鳴らしてもらって、地球の人口を半減するところから始めなくてはなりません。

現代の有機農法は、その生産性によって人口を養うという責務を慣行農法に担ってもらいつつ、慣行農法によって得られた安価な有機肥料、堆肥によって幾らかの収量を確保するという、いびつなものです。現代の有機農法は慣行農法抜きには持続不可能なのです。

まとめ

慣行農法は実は持続可能で、有機農法は言うほど持続可能ではないということを見てきました。

色々調べるなかで思ったのですが、この辺りの事情は我が国の農林水産省も気付いているような気がします。農林水産省の資料では「持続可能な農法」という書き方はせず、「より持続性の高い農法」と曖昧な書き方をしているからです。

先に有機農法を信奉することは社会に対する毒だと書きましたが、毒だから規制するべきだとは思いません。多少の毒でも害にならなければ放置しておくべきです。酒やたばこもそうですが、健康に害があっても、長い歴史と共に立派な文化を形成するものもあります。有機農法もそういう文化の域に達していると私は思います。

ですが、それはあくまで少量を服用した場合に限ります。有機農法の夢に酔うのも社会の一部に留まるなら害はありませんが、社会全体に拡がってしまえば大きな災厄をもたらします。有機農法に全面的に転換することで農業生産が激減し、農産物価格の高騰と社会的大混乱を引き起こしたスリランカのように。

冒頭の繰り返しになりますが、私はオーガニックで商売している人の邪魔をしたいわけではありません。ただ、その人たちが言っていることの本当の意味を自覚して欲しいとは思っています。出来ますれば、「オーガニックを通して地球と調和する」とか、「オーガニックは地球の健康を救う」、などとこちらが気恥ずかしくなるような大仰な宣伝文句を控えて頂ければ、この稿を書いた甲斐もあるというものです。


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