令和6年司法試験 刑事訴訟法 再現答案
第1 設問1
1 鑑定書について証拠調べ請求がされているところ、これに対して弁護人は異議ありとの証拠意見を述べている。証拠調べ請求においては伝聞証拠であれば同意または不同意(326条参照)という証拠意見を述べ、証拠物に関しては異議ありまたは異議なしと述べるのが通常である。本問では弁護人は異議ありと述べていることから、鑑定書が証拠禁止にあたり証拠能力が否定されるのではないかが問題となる。
2 そもそも、鑑定書は所持品検査で発見された結晶の鑑定書であるところ、所持品検査に違法があれば鑑定書も毒樹の果実として証拠排除されるから、所持品検査が適法に行われているのか問題となる。
(1)まず、職務質問の要件についてみると、「何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる」といえるから、職務質問の要件(警職法2条1項)を満たす。
(2) 所持品検査については明文規定はないものの、口頭による質問と密接し効果を上げるのに必要かつ有効なものであるから、職務質問に付随するものとして任意処分として認められる。そして任意手段たる職務質問に付随して行う以上、原則として所持人の承諾を得る必要がある。もっとも、職務質問は犯罪の予防・鎮圧という行政警察活動として行われるから承諾がなければ一切許されないと解するのは相当ではない。そこで捜索に至らない程度の行為は強制にわたらない限り許されるが、捜索に至らない程度の行為であってもこれを受ける者の権利を害するから、所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と得られる公共の利益との権衡等を考慮し具体的状況の下で相当と認められる限度で許される。
(3)判例の中には、中身を取り出した行為についても「捜索に類するもの」として強制処分該当性を認めないものもあり、一個一個丹念に調べるようなものでなければ捜索にあたらないとするものもあるがこの判例に対しては批判的な意見も強い。捜索の本質は強制力を用いて差押えるべき物の発見をすることにあり、外部から見えない者でも見える状態にするという意味で、外部から物の状態を五感で覚知する検証とその性質を異にする。本問では、カバンにチャックがされており外部からは何も見えない状態であったものをチャックを開けており、それにとどまらず手を差し入れ、チャックを開けただけでは見えないような、カバンの書類を持ち上げた下にある注射器を取り出している。そうだとすれば通常目に見えない範囲のものを強制力を行使して外部から見えるようにするものといえるから捜索に至っているといえる。
(3)したがって、所持品検査は違法である。
3 覚せい剤は捜索差押許可状に基づく捜索により発見されたものであるところ、捜索差押許可状の発付のためには疎明しなければならない。①の疎明資料だけでは捜索差押許可状は発付されなかったと考えられるから、捜索差押許可状の発付を受けたこと及びこれに基づく捜索差押並びに現行犯逮捕の各手続には違法性が承継される。
4 違法な捜索差押えにより得られた覚せい剤を鑑定した鑑定書は、毒樹の果実であるが、証拠能力が否定されるか。
(1) 証拠の取得手続に違法があっても証拠物自体の証拠価値に変わりはないし、刑事訴訟法は真実発見(1条)を目的としているから証拠能力を否定すべきではないとも思われる。もっとも、司法の廉潔性、将来の違法捜査の抑止、適正手続(憲31)の保障の観点から無条件に証拠能力を認めるわけにはいかない。
毒樹の果実も違法収集証拠排除法則の適用の一場面にすぎないから、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、②第二次的証拠の重要性、③両証拠間の関連性の程度を考慮し、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、将来の違法捜査抑止のために証拠とすべきことが相当でない場合には、証拠能力が否定される。
(2) 本問では実質的に無令状捜索がされたのに等しい状況であり、かかる無令状捜索があったからこそ捜索差押許可状が発付され、これに基づき捜索差押をして重要な証拠である覚せい剤を手に入れることができ、その覚せい剤を鑑定することで鑑定書という証拠を取得しているから、両証拠の関連性は極めて強いといえる。鑑定書は覚醒剤であることを示すもので重要な証拠価値を有することは否定しがたく、所持品検査も緊急状況の下で行き過ぎてしまったという面も否定しがたい。もっとも、捜査報告書①には職務質問時の状況が詳細に記載されているにもかかわらず、捜査報告書②に関してはカバンのチャックを開けると注射器が入っていたとしか記載されておらず、カバンのチャックを開けたときには注射器が見えなかったことやカバンのチャックを無理やり開けて手を差し入れてカバンの奥から注射器を取り出すことにより発見されたことについては記載されておらず、所持品検査の中で捜索に至ったことを意図的に糊塗しているものでありその態度は悪質である。そうだとすれば、令状主義の精神を没却するような違法があり、将来の違法捜査抑止の観点から証拠とすべきことが相当でないといえる。
5 したがって、鑑定書の証拠能力は認められない。
第2 設問2
1 捜査①
(1)ビデオ撮影は、物や人の状態を五感の作用で覚知する「検証」にあたるから、ビデオ撮影が「強制の処分」にあたれば、令状なく行われた検証となり無令状検証が許される例外的要件(218条3項)も満たさないため、令状主義に反し違法となる。そこで、「強制の処分」の意義が問題となる。
(2)ア 197条1項ただし書の趣旨は国民の権利自由を制約する処分については、国民の代表者である国会による事前の立法を求めることで国民の権利自由を守る点にある。「強制の処分」は強制処分法定主義と令状主義の両面にわたり統制を受けるもので、その内容はかかる厳格な法的制約に服させる必要があるものに限定されるべきである。相手方の承諾がある場合には権利自由の制約は観念し得ない。また、
したがって、「強制の処分」とは、①相手方の明示又は黙示の意思に反して、②その重要な権利・利益を実質的に侵害・制約する処分のことをいう。
イ 捜査1は撮影対象者である乙に無断で行われているから、少なくとも乙の目次の意思に反するといえるから、①の要件を満たす。捜査1は喫茶店内における撮影であるところ、かかる捜査によりみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由(憲法13条[1])を侵害する。もっとも、喫茶店は自宅などと異なり不特定多数の者が立ち入れる場所であり、少なくとも喫茶店内にいる者に対しては観察されることを受忍すべきといえる。また、観察と撮影は異なり撮影されることまでも受忍すべきとはいえないとも考えられるが、このスマホ社会において、外を出歩けば他人のスマホでの撮影があちらこちらで行われており、外に出る以上そのような撮影も受忍すべき限度にあるといえる。そうだとすると、重要な権利利益が実質的に侵害・制約されたとはいえない。
ウ したがって、「強制の処分」にあたらない。
(3)ア もっとも、任意捜査であっても何らかの法益を侵害しまたは侵害するおそれがあるから、捜査比例の原則(197条1項本文)が及ぶ。したがって、必要性、緊急性等を考慮し具体的状況の下で相当といえる限りにおいて適法となる[2]
イ 本問では、本件アパート201号室で覚せい剤の密売が行われているとの情報を得ているところ、本件アパートの201号室から本件封筒を手渡している現場が目撃されている。そして、201号室から出てきた男から封筒を受け取った男は覚醒剤取締法違反の前科がある甲で、本件封筒の中には覚醒剤が入っていた。本件アパートには3人の男性が夜中に入っていったところ、男性のうち午前1時半に入った男の顔が乙の顔と極めて酷似しており、乙は201号室の賃貸借契約の名義人で、覚せい剤取締法違反の前科があったため、乙と午前1時半に201号室に入った男との同一性を確認する必要があった。乙の首の右側には小さな蛇のタトゥーが入っており、タトゥーの有無及び形状を確認することで午前1時半に部屋に入った男性と乙の同一性を確認することができる。首元にある小さいタトゥーは暗い中では確認することが困難であり、タトゥーは見る角度や明るさによって見え方が異なることがある。また、写真撮影を乙にばれないように何枚にもわたって行うことは困難であり、色や細かい模様などを確認するためには様々な角度から連続して撮影が行えるビデオ撮影をする必要があったといえる。確かに、捜査①により乙のみだりにその容貌・姿態を撮影されない権利が侵害されるが、捜査①は喫茶店という不特定多数の者が立ち寄れることができる場所で行われておりもとより人からその姿を観察されることは受忍すべき場所であり要保護性が高くないことや、喫茶店において店長の承諾を得たうえで20秒というタトゥーの有無及び形状を撮影するために必要最小限の時間で行われている。また、覚醒剤密売は重大犯罪であり201号室に入っていった男が売人である可能性は高く、覚醒剤事案の抜本的解決のためには売人をとらえることが重要であり、捜査により侵害される法益より捜査の必要性が上回るため、具体的状況の下で相当であるといえる。なお、撮影データの中には後方の客の様子が映っていたが、京都府学連事件においては捜査対象者と無関係の者の容貌が映り込んでいたとしても任意捜査として許容される態様で撮影を行っている以上、憲法に反しないとされている以上、本問において後方の客の様子が映っていたとしても捜査の適法性には影響しない。
2 捜査②
(1) 捜査②についても検証たる性質を有するため、「強制の処分」にあたるか、当たらないとしても任意捜査の限界を超えるもので違法とならないか問題となる。捜査①と同様の基準により判断する。
(2)ア 前述のように「強制の処分」とは、相手方の明示または黙示の意思に反して
その重要な権利利益を実質的に侵害・制約する処分をいう。
イ 捜査②も対象者乙には知らせずに行われているから、黙示の意思に反する。次に捜査②も、みだりに容貌・姿態を撮影されない権利という憲法13条により保障される権利を侵害するものである。これに加えて捜査②は、本件アパート201号室の玄関ドアやその付近の共用通路を撮影するもので、腰高窓があり公道から見ることは不可能な場所[3]を撮影するものである。また、玄関ドアが開けられるたびに玄関の内側や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいる。玄関の内側や廊下というのは喫茶店のような人から見られることを受忍すべき場所であるとはいえない。むしろ部屋の中というのは個人の要塞ともいうべき高度のプライバシーが存在する場所であり、捜査②は私的領域に侵入されない権利という、憲法35条の身体・住居・財産等に侵入されない権利に準ずるものとして憲法35条の保障を受ける権利を侵害するものといえるから、重要な利益を実質的に侵害するものといえるから、相手方の明示または黙示の意思に反して重要な権利利益を実質的に侵害・制約するといえる。したがって、捜査②は「強制の処分」にあたる。
ウ 前述のようにビデオ撮影は検証たる性質を有するから強制処分法定主義違反とはならないが、令状なく検証を行っているため令状主義違反となる。
(3) なお、仮に捜査②が強制処分にあたらないとしても任意捜査としての限界をこえないか。
ア 任意捜査の限界をこえないかどうかは捜査の必要性、緊急性等を考慮し具体的状況の下で相当といえるかによって判断される。
イ 本件アパート201号室を拠点とする覚せい剤密売がされている疑いが生じていたところ令和5年9月28日に男性3名が出入りしており、そのうち一人が甲に覚せい剤を渡した乙であることが判明している。もっとも、残り2人の男性についてはその素性がわからず乙とその他の男性らとの共犯関係や覚せい剤の搬入状況などの組織的な覚せい剤密売の実態を明らかにするため本件アパート201号室への人の出入りの様子を監視する必要があった。もっとも、同室の玄関ドアは幅員約5メートルの行動側に向かって設置されており、同ドア横には黄道上を見渡せる一に腰高窓が設置されていたころから同室に出入りする人物に気づかれることなく同室の玄関ドアが見える行動賞で張り込んで同室の様子を監視することは困難であった。一方、公道の反対側内達3階建てのビルの2階の部屋の公道側の窓からは本件アパート201号室の玄関ドアが見通せる状態だったから、その場所から撮影する必要があった。また、ビデオはその人の歩き方や体格、表情など写真よりも多くの情報を取得することができ、ビデオで撮影して実態を明らかにする必要があったから、ビデオ撮影の必要性は認められる。もっとも、撮影は同年10月3日から同年12月3日まで2か月間と長期にわたって24時間間断なく行われており、権利侵害が継続的であったといえる。前述のようにかかる撮影は私的領域の撮影も含むものであり権利侵害の程度が極めて大きく、たとえビルの所有者や管理会社の承諾を得ていたとしても、失われる法益があまりに大きく相当性を欠く。
ウ よって、捜査②は違法である。
[1] 13条「後段」って書くの忘れた
[2] 普通の任意捜査の規範で書いたか京都府学連ベースで書いたか失念
[3] 腰高窓がよくわからなくて公道からは見えないような目隠し的なものかと勘違いした