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掌編小説 飲み込みにくいものは
先輩とふたり、女どうしでお酒を飲んでいる。互いに四十にのるかのらないかの独身組だ。
いつものごとく、先輩の部屋でつまみを持ち寄りながら、たわいもない話をしていた。困った同僚、気がかりな実家の親、決着のつかない恋愛、長年上達しない趣味。ほろ苦さもまた肴だった。
突然、先輩が咳き込んだ。「はもの天ぷら、大好き」と言って口に入れたあとだったから、小骨が引っかかったのだろう。あわてて台所に走り、グラスに水を注いで差し出す。
先輩はひと息に何口か飲んで、自分の胸をこぶしでとんとんと叩く。グラスから顔を離すと、頬が赤く、やや涙目になっている。
「ありがとう。最近、何だかものが飲み込みにくくなって」
「ああ、そうかもしれないですね。お互いに『お年頃』ですもんねえ。確かに、近頃は自分のつばでさえ、ちょっとのどに引っかかるような」
「やあね、『お年頃』なんてオブラートに包んだような言い方して。まあ、まだ早いとはいえ、ぼちぼちいい年よね」
そこからまた話に花が咲く。幼い頃、向かいの家のおじいさんが、正月に餅をのどにつまらせて亡くなったとか。人の死因で、がんや心疾患などにまじって上位にあるのが、誤嚥による肺炎だとか。
「年齢が上がるにつれて、薬も増えるの。ほんと、飲むのがどんどんきつくなる」
「あ、まさにオブラートがいいですよ。わたし、体調のゆらぎが気になってきて、漢方を飲み始めたんです。オブラートを使うと薬独特の味やにおいが気にならないし、水でふやけてゼリー状になるからするっと薬ごと飲みやすくて。カプセルや錠剤でも使えるようですし、試してみますか」
バッグに携帯していた薬ケースから円いシートを数枚取り出し、使い方を説明した。
「へえ、オブラートって今まで使ったことないかも。さっそく試してみようかな」
先輩は薄く透きとおった膜をつまみあげて見つめたまま、何やら考え込んでいる。
「実はさ、一番飲み込みにくいものって、自分自身なんだよね」
先輩は口を大きく開くと、あっかんべえをするように舌を出し、オブラートの一枚をひらりと乗せた。そのまま頭を後ろに倒す。少し茶渋のついた歯の裏側がのぞいた。次第に唇が伸びて広がり、紫がかった歯茎がむきだしになる。あごが外れ、のどの奥、のどちんこ、さらにその先の粘膜があらわれた。巨大なちくわを穴からひっくり返すように、体の内側にあったものが徐々にあらわれて表皮を覆っていく。
先輩はそのまま自身を飲んで飲んで裏返っていった。
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kyouseiさまの刺激的な考察とともにお楽しみいただけますとうれしいです。