『死神の浮力』
『死神の浮力』伊坂幸太郎・著を読みました。
ネタバレせずに感想を書ききる自信がないので、これから読もうと思っている方は、この記事を読んだらすぐに忘れてください。
さて、この物語は、10歳の娘を殺された山野辺夫妻の物語です。
犯人はサイコパスな奴で、名前を本城といいます。
本城は、自分が犯人だと山野辺夫妻に知らしめたうえで、さらなる苦痛を与えようと画策する、人格破綻者です。
いったんは罪を認め拘置所に入るのですが、裁判で無実を主張し、とうとう無罪を勝ち取り娑婆に出てきます。
しかし実は、山野辺夫妻が本城に復讐するために無罪にしたのです。
彼らは入念に準備をして、この機に復讐を遂げようと奮闘します。
しかし、敵もさるもの。
本城は本城で、山野辺夫妻をさらなる不幸に陥れるために、私などには想像もつかないような凶悪な罠を準備していたのです。
この、読んでいるだけでつらくなるような状況に現れるのが、死神の千葉です。(決して救世主ではありません。)
…ご存じない方のために簡単なご説明を。この小説の世界観では、寿命を迎えた場合の「死」と、まだ寿命ではないのにもたらされる「死」の二通りがあって、この二つ目の「死」の可否を判断するのが千葉たち死神の役目です。
千葉たち死神は、情報部から担当を割り当てられ、1週間対象者を観察します。
今回、千葉が担当するのが山野辺氏なのです。
娘を亡くして、サイコパスと戦って、それなのに命までなくなるだなんて。
山野辺氏本人も十分に不幸ですが、娘に続き夫まで亡くす山野辺さん(奥さん)はその後どうやって生きていけばいいのでしょうか。
千葉よ、今回は「見送り」と報告してくれ、と祈りながら読みました。
実はこの憎きサイコパス・本城にも死神が憑いています。
本城が死ぬ予定の日は、山野辺氏が死ぬ予定よりも少し早く、その事実に安心した読者は私だけではないでしょう。
しかし、そうすんなりいかないのが伊坂さん。
本城担当の死神は、「見送り」と判断します。
なんてことだ!血も涙もないのか!と、憤りを感じれば感じるほど、溜飲を下げる結果が待っていることは保証します。うまいこと出来てるなぁ…。
あらすじを書けばこれだけ苦しい物語も、ちょっとずれた千葉が登場していることによって、重苦しいだけの雰囲気にならず、何だったら笑いさえもこぼれるような小説になっています。
さすがの伊坂幸太郎さん。暗く、つらく、悲しく、憤るような状況に浮力をつけてくる。どん底までは沈ませないのです。
528ページにわたる長編ではありますが、長さを感じずに読めると思います。
『死神の精度』を未読の方はぜひ『死神の精度』をお先にどうぞ。
こちらは千葉が活躍(?)する連作短編集です。
私は10年以上前に読みましたが、当時は特に読書記録等をつけていなかったので、残念ながら感想などの記録もありません。
したがって、どんな話だったかほぼほぼ記憶にございません。
新鮮な気持ちで再読中です。
(やっぱり何でも取っておくものですね。…編み図とか。)
伊坂幸太郎さんは、イヤミスになりそうなテーマの話を、知らず知らずにイヤミスエンドから遠ざける天才です。
これからも、この安心感だけは裏切らずに書き続けてほしいと切に願います。