映画:「火垂るの墓」の話題について、備忘録と感想
終戦の月であることもあり、今月はSNSで火垂るの墓の話題をよく目にした。今回の記事は、その話題に関して、とりとめのない備忘録と感想だ。
清太の自己責任論
特に目にする話題は主に以下のような内容。
清太は何かしら働いたり、叔母さんに媚び売っとけばよかったのでは。自業自得な上に妹を巻き込んでひどい!
親戚の叔母さんは実はそんなに悪くないんじゃない?大人でも生きるのに必死なのに、生意気な子どもの面倒なんてみきれないよ
なるほど、そんな見方があったのかと思った。
火垂るの墓は中学生時代に鑑賞したのだが、あまりの怖さに絶句してそれ以来見ていないのだ…
しかし、細かい内容は覚えていないにしても、大まかな内容は覚えている。親がいなくなり、子どもが2人で生きていくなんて辛すぎるし、叔母さんや周りの大人冷たすぎると、当時は思った。
私はこの話題(清太の自己責任論)については初めて知ったが、昔から話題になっていることのようだ。
下の記事には、その話題が提起される経緯についてより詳しく書いてある。
ちなみに、上記記事内で言及されている、高畑勲氏のインタビュー記事引用もSNSで見かけた。毎年繰り返されてた流れなのかー。そうなんだー。
毎年話題になるくらいだから、火垂るの墓が日本国民(だけではないだろうが)に与えた影響って絶大なのだな。
自己責任と、立場と、異常時の寛容さ
私は、文中にすでに書いたように、火垂るの墓を一度しか鑑賞してていないのだが、今度あらためて見てみようと思う。
長いこと見ていない上で、清太の自己責任論について思ったことを最後に書こうと思う。毎年議論されていることだそうだし、当然同じような意見も出ていると思うけど、それでも私が今感じたことを率直に書いてみる。私のnoteだしね。
調べてみると、清太は14歳なのだそうだ。当時は14歳なら働いている子どもも多かったし、戦時中は15-6歳くらいでも兵隊になるくらいだから、14歳ならもう大人でしょという説もある。当時の14歳はなんとも微妙な年齢。うーん私が清太の立場なら、正直心情は相当つらいかも。生きる時代は違えども、14歳ならまだ親に甘えたい年だろう。社会では職や兵役の役割を担うくらいの年齢とはいえ、精神的には未発達なはずだ。
確かに清太には選択肢がいくつかあった。しかし、精神的に発達しきっておらず、さらに精神的支えである両親を失ったうえ、守らなければいけない妹がいる状態で、最適解を選ぶのは難しいのではないかと私は思う。少なくとも清太は守られるべき子どもであった。
自己責任論は、この映画に関わらず社会においてよく出てくる問題で、SNSでも「自己責任でしょ」「甘えるな」「お前を養うために高い税金払ってるんじゃない」のような言葉をたびたび目にする。これって、言う側も言われる側の行動にも一理あるというケースはある。要するにどの立場にいるかで思うことは変わるし、どちらが正しいとは一概に言い切れない。この自己責任論に関しても、竹を割ったようにスパッと解決できる話題ではない。
それでも私は、なるべく人に「自己責任でしょ」とは言いたくない。自分自身は全然立派な人間じゃないし自分が一番だけど、人に寛容な人間でありたいし、人に寛容な社会にいたい。だから、清太を責めたくない。
ああ、でもそれは平常時であって、異常時(災害時や戦時下)などでもそういられるかというと、正直自信はないか。自信ないから、普段怒りがわいてきた時も、なるべく穏やかであろうとは努力している。けど抑えられない時もあるし、ありたい自分と実際そうあれるかはまた別問題。
親戚の叔母さんに対しても、戦時下でなかったらもう少し寛容でいられたかもだし、せめられないよな。難しい問題だ。
-自己紹介-
はじめまして、葉(よう)といいます🌿知らなかった世界を教えてくれる、映画が好きです。
映画の考察系は苦手です。よく考えたり、前半の内容をしっかり覚えてたりしなきゃいけないやつです。
ここに書いていることもあくまでそんな私の目を通して感じた内容、感想です。なので、「それは違うだろ!」ってとこもあると思います。
映画に関して「難しい」「意味不明」とかいう感想を持ってしまうこともありますが、それはあくまで私の目を通してそう感じてしまっただけだとも思います。要するに私にその映画を楽しむ器量が不足していたというだけのことかと。
私には映画は作れないし、映画を作る人や演じる人や映画に関わる人、すべて尊敬しています。
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