書籍への総額表示義務、結局誰も嬉しくない説
はい。少しずつまたnote書いていくぞって言うところで、以前こんな記事を書いたことがあった。
書籍への総額表示義務は長らく特措法により免除されてきたが、2021年4月からもう逃げられなくなる。
このことの是非を検討してみた記事だ。
そして4月に入ってしばらくたったところで、この話の続報がいくつか話せそうなので改めて整理していこうと思う。
結論としてはタイトル通り、「これやっても誰も得しないじゃん」という話になる。良かったら読んでみてほしい。
情報のアップデート
まずは、11月からの5か月でどんな情報のアップデートがあったかを確認する。
内容としては主に4つだ。
●予定通り特措法は失効し、総額表示義務が適用された
●総額表示義務への対応に関するガイドラインが公布された
●書店・出版業界が対応に追われている
●消費者は総額表示を受け入れている
順に確認していこう。
総額表示義務の開始
国税庁のHPにある通り、総額表示はちゃんと義務化された。
これにより、出版業界も例外ではなくなり、総額表示を行っていく必要がある。
総額表示義務への対応に関するガイドラインの公布
2020年12月21日に、(一社)日本書籍出版協会と(一社)日本雑誌協会が連名で「消費税の総額表示への対応について(2020 年 12 月版)」と題するガイドラインを公布した。
ここでは以下の6点が記載されている。
1. 総額表示の対象
2. 出版物への総額表示の方法
3. 取引基準(帳票類の表示)――事業者間は本体取引を継続
4. 新聞・雑誌広告等の価格表示――2021 年 4 月 1 日以降は総額(定価)を表示
5. 新・旧価格表示本の混在と販売
6. 税率変更への対処
まぁこの中で我々消費者に直接かかわるのは2、4、5だろう。6も重要だが、「引き続き書籍に軽減税率適用ができるよう頑張る」と1行書いているに過ぎないので、ここでは扱わない。
出版物への総額表示の方法
主な方法として、
・スリップに表示する
・帯に表示する
・カバーに表示する
・シールを貼付する
・栞を挟み込む
の5つが紹介されている。
このうち、各社の製品にとってやりやすい方法を選択してやりましょう、ということだ。
新聞・雑誌広告等の価格表示――2021 年 4 月 1 日以降は総額(定価)を表示
1で総額表示の対象が語られているが、基本的に「不特定多数の人を対象に表示する場合」は総額表示が義務となる。逆に言えば、事業者間取引の場合はその限りではないということなので、新聞や雑誌に広告を載せる場合は総額表示を行うこととなる。
新・旧価格表示本の混在と販売
ここで、前回記事では見落としていたポイントが書かれているので、全文引用する。
(1)スリップ等による総額表示への移行は、新刊、増刷、常備寄託品の入れ替えなど可能なものから各社随時実施をお願いします(すでに発行・発売されて店頭に残っている市中在庫については、回収や返品、店頭での差し替え対応等までは必要ありません。法の趣旨を尊重しながら、現実的な運用をお願いいたします)。
(2)当面、新旧価格本が混在し、総額表示のないものも当然ながらレジにて消費税を上乗せして販売されることになります。
(3)書店店頭での読者の混乱回避のために、各社の判断で可能な限り、総額表示への対応をお願いします。
(太字筆者)
既に市中に出してしまっている書籍については直さなくて良い、ということだ。
書店・出版業界の実際の対応
書店や出版社がどんな対応をしているか調べていたら、こんなものが出てきた。
田中書店は、宮崎県都城市に3店舗を構える書店だ。
このプレスリリースを見ると、各出版社がそれぞれにできる商品から表示替えを行っていくため、しばらく書店内の商品は表示の新旧が混在するという。
消費者の反応
さて、ここまでは業界側の動きを確認したが、当の消費者はこれに対してどう感じているだろう。
みなさんはどうだろうか。
これは書籍に限った情報じゃないが、株式会社ネオマーケティングという会社が、全国の20歳以上の男女を対象に「総額表示義務化」をテーマにしたインターネットリサーチを行った。期間は2021年3月19日~3月22日。
まずは全体的な反応として、総額表示義務に賛成かどうか。
(出典:PRTimes「全国の20歳以上の男女1000人に聞いた「総額表示義務化に関する調査」2021年3月29日)
(以降、リサーチの出典は全て上記サイトから引用)
そう言われると84.6%が賛成だという。
やはり、消費税のことを考え忘れてて、会計時に「高いなあ」と思ってしまうことがけっこうあるようだ。
ただし、税抜と税込が混在するのはほとんどの人が嫌がっている。
まぁ当たり前だわな。
論点
正直アンケート結果を見るまでもなく、ほとんどの人が同じ気持ちなのではないだろうか。
・総額表示してくれるならありがたい
・でも税抜も税込も混在するのは嫌
さて、ここまで情報をアップデートしてきたわけだが、ここから本件の論点を整理してみる。
結果的には大きく2つが論点になると思われる。
・市中在庫は適用対象外なのか
・今後生じる問題は、「表示箇所バラバラ問題」
市中在庫は適用対象外なのか
まず1点目が、すでに出回っている商品については総額表示をしなくても良いのか、という点。
前に引用したガイドラインでは、しなくても良いことになっている。改めて総額表示義務を課している消費税法の罰則規定(第64条~第67条)を確認すると、確かに、総額表示をしていないことに対する罰則は特に規定されていない。
おそらく、出版協会と雑誌協会の認識としては、
・法律で決まっていることだから極力従うけど、罰則はないわけだし、無理してやる必要もない
と考えているのだろう。
ここについて国税庁のHPでも、総額表示義務に従っていない場合についてのコメントはない。
お役所仕事には本音と建前があるのは世の常だが、この件もそういうことなのだろう。国税庁としては、
・義務には従ってほしいけど、罰則まではないから、可能な限り速やかに対応してくれたら嬉しいなあ
というスタンスを明言していないに過ぎないということだ。
この国と業界のふわっとした認識のもと、各出版社が市中在庫全ての価格表示を切り替えるという悪夢が回避されているというわけだ。
こんなんでいいのか笑。
今後生じる問題は、「表示箇所バラバラ問題」
しかし、これで良かったね万歳、みんなハッピーかというとそうではない。
この緩やかな規則と緩やかな対応によって割を食うのは我々一般消費者だ。
悲しいね。もちろんこれはひいては書店にも打撃が来る。
どういうことか。
見出しにも書いたが、こうなってくると、今後書店では次のような本が混在することになる。
・税抜表示しかされていない古い本
・カバーや帯には税抜価格が書かれているが、スリップに総額が表示された本
・カバーには税抜価格が書かれているが、帯に総額が表示された本
・帯がないので、カバーにシールで総額が表示された本
・カバーが新しく刷新され、カバーに総額が表示された本
・カバーや帯には税抜価格が書かれているが、スリップではない不思議な栞に総額が表示された本
・新ルールに則り、カバーにも帯にもスリップにも総額が表示された本
必ずそうなるとは限らない、と思うかもしれない。
しかし、このどの対応を取るかは、各出版社と書店にゆだねられている。特に各出版社が好き勝手に対応すれば、書店はそれに従わざるを得ないことが多いだろう。
そうなると、いろんな箇所にいろんな表示がなされることになってしまい、消費者はますます混乱させられることになる。
「え、どこに総額が書いてあんのよ」
「帯に総額が書いてあんのかと思ったらこの本は違ったから金額の見積もり間違えたわ」
こんなことが簡単に起きるだろう。
そして、この状況を放置していると、(あまり大きな動きにはならないと思うが)書籍消費者の書店離れにも影響を及ぼすことになる。
なんせ、インターネットページの表示変更は画面を編集するだけだから、簡単に行える。
消費者がネットでの書籍購入の方が楽だと感じやすい土壌が作られるというわけだ。
価格表示1つでは激しい書店離れが起きるわけではないと思う。たぶん。
ただ、確実に書店で本を買うデメリットが追加されたと思えば、そこを理由に書店に行かなくなる人が出てもおかしくはないということは、書店は気に掛けるべきだろう。
書店はどうすべきか
なかなか難しいことだが、書店としては各出版社の表示変更措置は一旦受け入れたうえで、「当店では全ての在庫に総額表示の栞を挟みました」みたいなことをしてあげられれば、上記の懸念は少しは拭えるかもしれない。
それでも、書店ごとにどこを見れば良いかがぶれるということに変わりはない。
どうせなら、全国の新刊書店が集う日本書店商業組合連合会(今初めて知った)が、各書店向けにこういう対策しようぜっていうガイドラインを出したら良いと思う。
さいごに
最後に書いた消費者や書店への悪影響は、正直大して大きな話ではないと思っている。
消費者はしょうがないからどっかに書かれた総額表示なり、税抜表示を引き続き見るなりして対応すればよいだろう。
ただ、最後に言っておきたいのは、こういう状況になったことによって、本来消費者法が想定していた、総額表示を義務化する目的は全然果たせないよ、ということ。
事前に、「消費税額を含む価格」を一目で分かるようにするものである。このような価格表示によって、消費者の煩わしさを解消していくことが、国民の消費税に対する理解を深めていただくことにつながる
消費者のわずらわしさ、全然解消しないじゃん!笑
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