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【書評】碧野圭『凛として弓を引く 青雲篇』
書誌情報
碧野圭『凛として弓を引く 青雲篇』(講談社文庫、2022年、368頁)
あらすじ
弓道をはじめて一年。初段を取り、高校二年生になった矢口楓は、後輩の高坂賢人にのせられ、廃部になった弓道部を復活させることに。しかし、校内に弓道場もなければ、入部希望者もなかなか集まらない。意図せず部長になり不安にかられる楓に、次々と難題が降りかかる。弓道女子の奮闘を描く傑作青春小説!
所感
ストーリーの重厚さ ★☆☆☆☆
文章の難しさ ★☆☆☆☆
総合的な好み ★★★☆☆
感想
本書の位置づけ
『書店ガール』で有名な碧野圭による弓道ガールシリーズの第2巻。
第1巻では高校に入学した矢口楓が中学から続けていたテニス部で挫折し、近所の神社にある弓道会に入会、初心者教室から初めて初段を取得するまでの立ち上がりの物語だった。
第2巻では同じ弓道会の仲間の高坂賢人が楓の高校に入学することをきっかけに、過去廃部となった弓道部を復活させ、部活としての活動を確立していく様が描かれている。
キャラクターの造形
第1巻が一般弓道の初心者教室だったために大人たちとの関わりが多かったのに対して、第2巻では新キャラが3名(薄井道隆、大貫一樹、山田カンナ)が加わることで、物語のわちゃわちゃ感、若さが際立った印象になっている。
道隆のプライドの高さと賢人との馬の合わなさ(すぐ喧嘩する)、一樹の主体性のなさ、カンナの(無理してるようにすら見える)明るさのすべてが若く、瑞々しいやら恥ずかしいやらかわいいやら少し複雑な気持ちになる。
そして彼らの若さゆえに、弓道部の創設と運営については常にひやひやさせられ、大丈夫か、そのまま喧嘩別れしてまた休部にならないか、と思いながら読み進めることになる。
本巻の構成として重要なひやひやだった点を含めると良い構成だったように感じた。
弓道の描き方
自分が弓道をやっていると、どうしても実際の弓道の世界の感覚と小説に描かれている感覚がどれくらい一致するかが気になってしまう。
例えば、段位に対する感覚。
賢人が弐段、楓は初段を持っている。第1巻でどうだったか忘れてしまったが、楓は弓道を始めて1年で初段を有したことになっている。
弓道の世界で初段を取得するというのは、イメージ的には普通自動車免許を取得した状態に近いだろう。一般の弓道会に入会した初心者が修練を積んで初段を取得するのに1年くらいかかるのがよくあるタイムスパンだと思われる。そして審査は(四段までは)だいたい3か月に1回程度の頻度で行われるため、弐段を取得するのにはだいたい弓道を始めて1年半~2年くらいを要することが多い。
その意味で、賢人が弐段、楓が初段というのは特別違和感なく受け入れられるように思えるだろう。
しかし、これが学生弓道となると話が変わってくる。
理由は定かではないが、現代弓道では、一般(大人)の昇段ペースと学生の昇段ペースには明らかな差が設けられている。
審査基準は変わらないはずなのだが、学生の場合初段審査を受けた際に一発で初段合格とはなかなかならず、段の下位に位置付けられる級の認定を受けることが多い(級の場合は1-5級までがあり、1級の方がより級位が高い扱いとなる)。その結果、初めての審査で2級とかが認定された学生などは、初段取得までに1年半~2年程度を要することが多くなるという実態があるのだ。
したがって、学生弓道の世界での段位としては、高校卒業までに弐段を取れていたら「すごい」と思って良いだろう。
したがって、ここから予測される本書の展開としては、一般弓道で段を取ってしまった楓、賢人、善美の3名に対して、高校から弓道を始めた3名が審査を受けるときに、初段を与えられず1級、2級等が認められ、ここに対して(例えば道隆とかが)不平を漏らすような展開である。
こうした歪みを持たせながら物語を展開させられたら、弓道小説として大変面白くなるかもしれない。
蛇足だが、弓道における段位の感覚を一応書いておく。
以下に全日本弓道連盟で発表している審査の統一基準を掲載した(五段以下)。
色々書いてあるが、これを基に一般的に言われている段位の昇段基準は以下の通りだ。
初段:(大人の場合)受ければ受かる。一通りの体配(所作)と射技が形になっており、事故が起きない程度の技量があれば良い
弐段:体配を間違えず、矢が(的に中らずとも)届く程度にちゃんと飛んでいればよい
参段:一手(2本)射るうち、片方の的中が原則必須
四段:一手共に的中することが原則必須
五段以上については私自身が明確に言語化できないので書かないようにしておく。
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(全日本弓道連盟HPよりhttps://www.kyudo.jp/pdf/documents/probation_standard.pdf)
全体的な感想
所感の★の数にも表れているが、本書は文章が大変やさしく、物語の起伏も多くないので極めて読みやすい小説の部類に入ると思う。
日常系の高校生の他愛ないわちゃわちゃをひやひやと眺めながら、一方で提示される「過去廃部になった経緯を探る」というミステリ的な要素がスパイスとして効いてくるような読み味のため、多くの人が気軽に手に取れる本としておすすめできるだろうと思う。
弓道ってこんな感じなんだ、ということを知るために小学生とか中学生が読んで、弓道部に入りたがってくれたり、大人が読んで自分が一般の弓道会に入会するきっかけになってくれても嬉しいなと思う。
しかし弓道は映像を観ないと想像しにくいところがある上に、細かい射技指導については、やってみないとわからないところも多いだろう。
本書で言えば、矢番えと取懸けの位置がずれているという指摘なんかが想だ。実際に見てみるとたかが数mmの違いだと思われる。こんな程度の違いでそんなに大きな差が出るのかと初心者のうちは驚くだろうが、それが弓道の面白さであり、難しさでもある。
楓が言っていた「ずっと引いているうちに変わってしまった」というクセがつくことに関する無意識・無自覚も弓道あるあるである。
そういう技術向上の細かさ、その細かさが的中に大きな影響を与えるという構造が面白いと思ったら、本書を読んでわくわくしつつ、弓道の世界にも足を踏み入れてほしいと思う。