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「かたじけない!侍がやってくる古本屋の裏話」

「頼もう!」  
勢いよく店に入ってきたおじいさんが、レジに向かって右手をおでこに上げ、ピシッと下ろす。そして左手でスーパーの袋を差し出してきた。  
中には15冊の文庫本。どれも時代小説だ。  
常連のおじいちゃんは、まるで時代小説の世界からそのまま飛び出してきたような雰囲気でやってくる。そして私が査定を終えて金額を伝えると、毎回同じセリフを口にするのだ。  

「かたじけない。これで今夜は肉が食えそうだ。」  

彼は開店当初から、もう15年も通ってくれている。帰り際には「それでは、さらば!」と去っていくのだが、私のことをいつも「カワハラ君」と呼ぶ。本当は「カワムラ」なのだが、訂正しても全く覚えてもらえないので、もう諦めた。彼の中で私は永遠に「カワハラ君」なのだ。  
そんな彼らを見るたびに、ここが侍の住む町、都立家政だと思わずにいられなくなる。  そう、この町には浪人もいるのだ。
もう一人の丸眼鏡をかけた大柄なおじちゃんは夕方になると、外に並べてある100円の文庫本を物色しに来る。大体15冊くらい選ぶのだが、毎回酔っている。いや、完全にベロベロだ。  

「店長!店長!なんかない? あれはないの?」  

呂律も怪しいのに間断なく話しかけてくる。昼から飲んでいる彼は、近所の飲食店を出禁になったりする。正確には自分から「もう、あそこには行かない!」と絶縁宣言をするのだ。
当店でも、ラジオを買おうとしてたが他のお客さんに順番を譲るよう頼んだら、「もういいよ!買わないから! こんな店!」と怒って帰ってしまった。しばらくすると何事もないようにやってくる。なんともツンデレな人なのだ。  彼は時折、酔った勢いで私にこう言う。  

「俺なんてもう死ぬからさ…」  

少なくとも12年はそう言い続けており、その気配は一切ない。しかし彼がふと見せる表情…その孤独は言葉では形容できない。
実は災害で家族や全てを亡くし移住してきたのだ。昼から飲むのは仕方ないと思う。でも彼はまだ生きている。
「この本持ってたよ!買う時なんで教えてくれないの!イジワル!」
色々、無茶を言われるがそんな侍と浪人が行き交う町、都立家政。今日も私は古本屋のシャッターを開ける。
開けないと、彼らに怒られてしまうから。

8年前、なぜか外国人に頼まれてモデルになった

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