ちょっとし短歌〜蝉の声➕魔王のリズム〜
蝉の声に
魔王のリズムが交差する
夏の調べに響く
ト短調
「魔王を聴かなあかん。」
『魔王って、あのお父さんお父さんのやつ?』
娘の中学校からの課題だった。
コロナウィルスの影響で授業数が減った1学期、音楽・家庭といった補佐的教科は自宅で実践しましょうという傾向にあった。
私が中学生の頃に、シューベルトが指先ひとつで再生される時代が来るなんて想像できただろうか。
沈黙する生徒の前でカセットテープをカチャカチャ準備する先生の後ろ姿を眺めた時間を思い出す。
「〝曲を聞き、どのように変化してるいるか、括弧の部分に言葉を入れましょう〟だって。
YouTubeとかで聴いてみーってことだろね。」
プリントを手に娘がYouTubeをたちあげる。
〝登場人物はどのような気持ちでしょうか?〟
〝聞いてどんな気持ちになりましたか?〟
プリントにはそんな質問が並ぶ。
『これ、音楽室でみんなで聴いてさ、ディスカッションするのが醍醐味のやつじゃない。』
「そうなん?」
『だって、あの魔王だよ』
「どの魔王ょ」
魔王を初めて聴く娘にとっては正しい受け答えだ。
懐かしい気持ちで耳を傾ける私。
『やっぱ怖いね〜、ゾッとするね。』
思案顔で動画を見る娘。
「コレ、ナニ語。」と言いながら、括弧の中を順に長調、短調と埋めていく。
最後の問題、〝魔王の演奏形態として正しいものを選びなさい〟と書いた問いの下に3つの写真が印刷されていた。
三味線をバッグに詩吟を歌う男性の写真。
オーケストラをバッグに蝶ネクタイで歌う男性。
エレキギターを抱え、スタンドマイクにシャウトするロッカーの写真。
「これしかないやろ。」と娘は即答で2番目の写真にクルッと丸を付けた。
魔王を知らなくても、三味線とロックバンドじゃないのはおおよそわかるのだ。
夏休みに娘と家で魔王を聞く。そんな予想だにしなかった出来事を私は少し愉しんでいた。
窓の外でひしめき合って鳴く蝉の声はシャンシャンシャンシャンシャンと長調のリズムで響いていた。
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