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アーチ(エッセイ)

今週、彼女はツイていなかったそうだ。仕事では他人を巻き込む大きなミスをしでかし、それとは別件で他人のミスを自分のせいにされ、辞めてしまいたいと家で泣いてしまったそうだった。昨日は一緒に出かけた銀座の画廊が締まっていて、夜には一緒に食べていたコーヒーゼリーを家の床にぶち撒けてしまった。彼女曰く、台風の日に家に入ってきたナメクジに塩をかけた祟りです、ということだった。

眠る直前に彼女の目を覗くと、真っ黒な目をしていた。鏡で見る自分のと同じ目をしていると気づいた。自分の目の奥にだけ光がないことに気づいたのはいつだっただろう。彼女は近頃会社に行くのが憂鬱で仕方ないらしい。辞める理由ばかり考えているそうだ。元気の無い彼女に、余計なことをあれこれ喋ってしまった。辞めたら俺が養うとだけ言えばよかった。

昨日観た李禹煥の回顧展には屋外展示があり(昨日は六本木→銀座というルートだった)、それは「アーチ」という題名だった。それは虹型にカーブした鉄板と、両脚に立てかけられた巨岩で構成されていた。さながら巨大なヘッドホンのような作品だった。地面にはオブジェをくぐるように鉄板の一本道が置かれ、余白には玉砂利が敷き詰められていた。

私たちは足裏で玉砂利の感触を感じて、しゃがんだりしながらぼんやり時間を過ごした。昔彼女の実家には玉砂利が敷かれていたという話とかを聞いた。美術館の周りにはマンションやオフィスビルがあって、屋外展示を無料で観れて羨ましいという話をした。建物群のガラスには夕方の太陽が反射していて、長閑な風が吹いていた。しばらくして私たちは、鳥居の下を通るときのように、一緒にアーチをくぐった。

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