よみのばんにんは計算しつくされた完璧なボスである
そういう話をします。
よみのばんにんはDQ3のHD2Dリメイクの追加ボスで、テドンに登場します。ボスとしてのスペックはまさに「いやらしい」の一言。バギマによる全体攻撃に加えて、ザキによる一発即死の事故、さらに打撃にはねむりの追加効果があり、単体攻撃のかまいたちが全体攻撃で削れたHPを危険域へ追い落とします。同時にファントムというモンスターも登場し、こちらもイオによる全体攻撃と打撃にマヒ追加効果があり、ぶきみなひかりよって耐性を下げるサポートもします。逆にこちらからの補助呪文は効果ターン数が極端に短く、あまり有効ではありません。そして、よみのばんにんとファントムはそれぞれ3体ずつ登場し、最大の問題としてなかまをよぶでよみのばんにんはよみのばんにんを、ファントムはファントムを呼んできます。
ボスモンスターが複数体の同種のモンスターで現れることだけでも、DQ5のようがんげんじんやDQ6のポイズンゾンビなどしかない希なパターンであり、あまつさえなかまをよぶで同種が増えるようなものはDQ4のアンドレアルぐらいしかありません(逆に言えば前例はなくはないです)。前述のいやらしい行動も相まってXでは怨嗟の声が渦巻いています。
非常に強い言葉を使って非難する人が多い中、そんなに強くはなかったという声もちらほら見えます。この差は一体何でしょうか。一般にターン毎にランダムでエネミーが増えていく戦闘では増える前に倒し切る火力が重要になります。DQ3は船を手に入れた直後に様々な場所へ道が開け、テドンでよみのばんにんと戦うタイミングはプレイする人によって大きくずれます。これにより火力差が発生していることは確かでしょう。これに加えて、それぞれのプレイスタイルによってさらに大きな差が生まれています。
よみのばんにんとファントムの行動で何が問題になるか考えてみましょう。どうしても一発即死のザキに目が行くところですが、冷静に考えると集団で繰り出される全体攻撃のバギマとイオが非常に問題です。全体回復の呪文であるベホマラーを覚えるのは30レベル台の中盤以降であり、よみのばんにんと戦う段階で現実的に使用できる全体回復はまものつかいのやすらぎの歌しかありません。単体回復だけでは一人がかかりきりどころか二人目まで駆り出されるような事態もあり得ます。火力を出す必要がある戦闘で回復行動を強いられることは、真綿で首を締められるように敗北が近づいていきます。攻撃呪文に対する最も強力な対抗手段はマホトーンで、一応は有効ですがほとんどの場合1ターンで効果が終了してしまいます。そのため、バギマとイオ自体は受けて、そのダメージ量を減らすことが必要になってきます。ということで魔法のダメージを減らすマジックバリアが有効となります。
他にも、打撃によって付与されるねむりとマヒは迅速に回復する必要があります。アクセサリーによる耐性に加えて、まんげつそうは全員が持っていることが望ましいですが、不用意に戦闘に突入してしまった場合には、ザメハ、キアリク、ツッコミの有無が明暗を分けます。
このように攻撃回数を確保してもまだ問題があります。よみのばんにんとファントムがそれぞれ3体ずつ登場しますが、よみのばんにんはそれぞれ1体ずつ、ファントムは2体グループと1体グループの合計5グループで登場します。つまりこの戦闘においてグループ攻撃はほぼ単体攻撃を意味するため、ブーメランのような全体攻撃が必要になってきます。呪文ではイオラやヒャダインが有力となります。
攻撃面では他にも、全体攻撃でダメージを蓄積させていくフェイズから、頭数を減らして戦闘を終了させていくために、強力な単体攻撃も必要になります。呪文では、ライデインや少し力不足感はありますがメラミ。打撃ではバイキルトの支援が欲しいでしょう。
このようによみのばんにんに打ち克つために必要なものは攻防両面での高い総合力です。全体攻撃と単体攻撃のどちらが力不足でもダメージ蓄積に難が生じてしまうので、増援が非常に重くのしかかり、満身創痍の戦いの末に、辛くも勝利するか、ザキや状態異常で崩されて敗北する過酷な戦闘になります。防御面の不足でも、押し寄せる全体攻撃に対して回復一辺倒になってしまえば、かまいたち、ザキ、状態異常によって崩されるのを待つばかりになってしまいます。
DQ3はパーティー編成の自由度が非常に高く、立ち向かう力を持たないままよみのばんにんと戦ってしまうことは大いに想定できます。そこだけを見ると「バランスが悪い」「クソゲー」「レベルデザインの失敗」などの評価に一定の理があるようにも見えます。しかし実は、よみのばんにんに勝利するための力は、自然に手に入るようにDQ3は調整されています。
よみのばんにんに勝利するために必要なものは攻防両面の高い総合力で、それを構成するのは前述の通り、マジックバリア、ザメハ、キアリク、イオラ、ヒャダイン、バイキルトがあります。これらは僧侶と魔法使いですべて揃います。習得レベルが一番高いのはヒャダインですが、よみのばんにんと戦うには、船を手に入れた後の目標の一つであるさいごの鍵を手に入れる必要があるため、十分に到達可能なラインです。フィールドのキラキラやひみつの場所によって寄り道推奨のデザインになっているのも追い風となります。そして僧侶と魔法使いはルイーダの酒場で推奨される定番編成である勇者戦士僧侶魔法使いの中に含まれています。DQ3は編成の自由度が非常に高い一方で、明瞭に推奨編成が提示されており、それを敢えて外すことは自己責任というゲームです。よみのばんにんはこの構造の極点にあるボスと言えるでしょう。そして重要なのが、推奨編成なら自然と倒す力が手に入る一方で、僧侶と魔法使いが必須という訳ではなく、自己責任の編成でも攻防両面の高い総合力を発揮できる強い編成を組むことができれば問題なく倒せることです。実際に筆者は勇者、戦士、魔物使い、魔法使い→盗賊という僧侶がない編成で討伐しています(重要度としては僧侶よりも魔法使いの方が高そうではあります)。レベルも26と標準ラインで、高ステータスで無理矢理倒した訳でもありません。
このように表面的な印象とは裏腹に、非常に骨太な実力を要求され、その実力は推奨編成であれば自然と身に付いているというよくできたボスです。計算しつくされたレベルデザインの賜物でしょう。
難点があるとすれば、弱き者を速やかに倒す力があまりなく、なぶり殺しにすることしかできない点です。「彷徨える魂たちを 捕らえ 救いのない言葉を囁き続けて 死後もなお いたぶっている」残忍な魔物としてはとても正しいですが、令和の世のゲームとしては配慮に欠けているかもしれません。いたぶられ続けた末に運でなんとか勝つと言う間違った体験をしがちなのは否定できません。この意味では、調整ミスという指摘はあながち間違っていないのかもしれません。じゃあタイトルは間違いじゃないですか。