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留置所日記 2020/6/2(2)

本を借りられるなら、できるだけ沢山読めるだけ読んでみようと思ったが、そういう本の読み方は向いていなくて、何も身にならない。読みたいものをしっかり読んで、感想でも書こうかと思った。それで、ワルに学ぶ「実践心理術」とかいうのを読んでみたが、内容がなさすぎて期待外れだった。
「あるある」を3つ以上並べることで信ぴょう性を持たせたいのだろうが、それだけで文字数がかさんでいる。実際に知識(知恵)として獲得できる部分は、きっとあの本の3分の1程度ではないだろうか。自分の金で買う程の本ではなかったというのが正直な感想だ。

ついさっき新聞が回ってきたので目を通していたら「処女のまま死ぬやつなんていない みんな世の中にやられちまうからな」という本のタイトルを見かけた。気になったのでメモしておくことにする。
6/1から休業要請が全面解除されたと書いてあった。人通りはどうだろうか。バイトをしていた店はどんな感じだろうか。バイトのみんなは。社員の勤務状況は。少しでも平和を獲得しててくれるといいな。

31日に予定していた新居の入居はパーになり、家を探しなおさなければならない。家族からの連絡も無視してしまっているだろうし、実家に一度引き上げた荷物もまだしばらく動かせない。
血縁と配偶者に逮捕されたことを伝えないのは確かにどうかとは思うだろうが、できるだけここから出た後のしばらく、色々と整うまで騒がれないようにしたいのだ。黙ってたってそのうちバレるし、そんなことはどうでもいい。なんなら配偶者に関しては絶好の離婚動機である。できるだけの恩恵は回収しておきたいものだが。それが果たしてどれだけ自分を助けてくれるのか考えると、別れを告げられることになったとしてもさして気にすることではないような気がする。
血縁は特にかかわりもないし、繋がっていれば何かしら人脈なんかの恩恵は少しくらい使わせてもらえる程度だったので、絶縁されても死にやしない。今大事にしたいものを大事にするために、必要最低限伝える相手は、前述した2人だけで十分なはず。あとはどんなにここで考えたって、どうにもできないから仕方がない。出てからの楽しみにしておく。


初日、警察署から留置所に護送されている車内で、「女性犯罪はなぜ少ないと思うか」というような質問を刑事に投げかけてみた。
「別に少なくはない」
「でも女性の受け入れ体制が整っている施設が少ないということは、男性の方が多いってことじゃないんですかね」
「まぁ確かに。最近は増えたけどね。」
「いまどき、女性も犯罪を犯すようになった、ということなのか。それとも、逮捕する側の目の付け所や女性への意識が変わって、女性犯罪者側のボロが出始めたのか。」
「さぁ、どうだろうか」
「自分は警察署で、最後の生理はいつだったとか、妊娠しているかとか、直近で性行為を行ったのはいつだとか、性病はもっていないかとか、女性との性交渉の経験があるかなどを聞かれましたけど、そういう類のことを聞かれる時、男性職員は全員部屋から出ていきましたよね。身体検査の時だってそうじゃないですか。やたらとそういう所に気をつかってくださいますけど、そのせいで見落としていることが沢山あるかもしれないとか思いませんか?」
そんな様な話を暇つぶしに。
自分は女の体に生まれて得をしていると思う、と言ったら男性警察官がひとり「なんでなんで!?」と食い気味に聞いてきた。女性は損をしているとでも思っている様な口ぶりだった。体育会系のコミュニティってこんなもんなのかな。

調べの担当刑事(男性)は、恐怖支配は必要だと主張した。時と場合によりけりだが、基本的に恐怖支配は「必要なもの」ではないというのが自分の意見。「できた人間は理解できるが、バカには理解できないから必要なんだ」とその人は言ったが、バカをバカとして育て、教育をしてやらないからバカが完成してしまうのでは?どうなんだろうか。
理解、納得をしたうえで行動するのか、よくわからないけどそういうものだからと流されるかでは、それをその後活用できるかだったり、後に技(知識)として出力できるかだったり、そこら辺に影響してこないか?
「体育会系」という文化が、自分は苦手だ。やる気と根性だけではどうにもならんこと、人生には山ほどあるよ。


調髪や髭剃りはタイミングがあるらしいが、眉毛はそらせてもらえない。ずっとこのまま伸ばし続けるしかないので、ここから出る頃には眉毛のある人になってるのかな。
鏡を見るとメンタルがやられるので、風呂以外では見ていないし、風呂でも顔は見ないようにしている。なので自分が今どんな顔をしているのかわからない。眉毛は完成しているのだろうか。肌荒れは?目つきは?顔の肉付きは?
眼鏡を借りたとき、トイレの窓に反射した自分がちらっと見えたが、シルバーの髪に細いチタンフレームの眼鏡をかけている、ということだけしか確認できず、なんだか老人のようだなと思った。
27歳からが第二の人生だと思っていたが、案外これが一度人生を終わらせるタイミングなのかもしれない。そう思うとわくわくする。


ラジオが聞こえている。今は昼食後。スキマスイッチのゴールデンタイムラバー。懐かしい。

恐ろしい。石鹸だけで体を洗ってニベアもワセリンも使わずにいると、肘が乾燥してポロポロと脱皮し始めた。年なのか環境なのかわかりかねるが、人生初だ。
髪はシャンプーを使わず、湯シャンだけにした。髪を守るケアが出来ないのでシャンプーは避ける。でないと、ブリーチしすぎた髪が千切れる。切れ毛がひどくなるとここを出てからの調髪に響く。洗面も、あまりに顔が乾燥するので水だけにした。
変なところでミニマリストを発揮するので、物品購入費や風呂の時に看守が「いらない?本当に?お金まだ使えるよ?」とか「何も持ってないの?ニベアも?シャンプーも?」とか言ってくる。今この状況で身だしなみを整えて何になるのか。肌が荒れたって髪が跳ねたって、死にやしない。ただ気づいたことがあって、身に着けるものに黒色のものがないまま数日を過ごすと、メンタルが崩れやすい。落ち着きがなくなる。壁が真っ白だからなのも理由の一つかもしれないが、とにかく黒は落ち着く。

本はすぐに読み終わってしまうし、あまり頭を使わないので暇つぶしにはイマイチ。頭を使うタイプの本を選べばいいが、それなら頭の中を整理したりするためにも、こうやってノートを書いているほうが良い。何より自分は、きっと出力が好きなのだろう。喋るのも、歌うのも、書くのも。創造というわけではない。この文章だって、ここから出たらnoteにでも使ってやろうとは思っているが、結局は走り書きのメモだし、読み物な訳ではない。
気づいたら今日はノートの持ち込みを許されてからずっとノートを書いている。目に見えてわかるボールペンのインクの減り具合。今日だけを数えてもここで7ページ目の後半に入っている。なるだけ多くの土産をこさえて誰かに面白がってもらえればと思っているし、この状況、この生活、ここのルールのどれをコンテンツ化できるかは実際に外に持ち出してみない事にはわからないから、考えたこと、見えたもの、聞こえたこと、できるだけ多くのことをメモしておきたい。

窓を見ると青かった。朝は白が多めだったので晴れてきたのだろう。
もう6月に入ったし、そろそろ雨が続く日々がくるのだろう。それが終われば「夏」なのだ。
昨夜ふと思い出した。18歳から22歳の4年間を共にした恋人は、いかにも夏が好きそうな人だった。よく日に焼けて、よく笑うにぎやかな印象のある人。だけどあの人は冬が好きで、自分との思い出は大体冬だったからだと言っていた。自分も基本的には暑いより寒いほうが好きだったし、夏よりも冬が好きだった。昔からそうだった。
今年はなぜか、夏が楽しみなのだ。「なぜか」と書いたが、理由はわかっている。相方と過ごした去年の夏は、自分の人生で初めての夏だったから。あんなにワクワクして、楽しくて、寂しくて、そして幸せだった夏を自分は知らない。もしここを出た自分を、今まで通り変わらず相方が迎えてくれたとしたら、今年の夏もまた、まぶしい夏になるのだ。
夏にちなんだ歌をよくうたうようになった。夏を嫌わなくなった。夏を待っていた。夏に憧れた。自分の好きな夏には、幸せを教えてくれる君がいる。


今日は弁護士は来るのだろうか。調べはなさそうだが。調べも弁面もないとしたら、今日はひたすらノートを書き、新聞を読み、本を読んで終わるだけ。毎日ダラけて「今日は何もしなかった」と思うことがデフォだったが、こうして考えると「何か」していたんだなと思う。
本当に何もしない時間は気が狂いそうになる。眠れない夜。電気がまぶしい。音は聞こえない、窓もない。時間がわからない。人はいない。あるのは寝具だけ。白い壁を、天井を、眺める数時間。何も考えてはいけない。考えすぎると過呼吸を起こす。立ち上がると怒られる。ただ、存在するだけ。当然の様にネガティブになっているので、頭を使ってはいけない。暴れだしそうになる。せめて自由に歌うことだけでも許されたら、大分マシであっただろうが。
今これを書いている自分だけが慣れてもどうしようもないのだ。弱い自分は泣き、わがままな自分は不満を抱える。沢山の「自分」を、1人の人間として確立させなければいけない。

看守にどう思われているかなんて気にする程繊細ではないし、ただ問題児だと思われないようにだけしておけばいい。ただ、歌がうたいたい。ギターが弾けなくても、声が出せればそれだけで大分違う。音楽は偉大だ。
ここを出たら、歌いながら帰ろう。自由をまた体で受け止めながら帰ろう。
まだ、窓は青い。

消灯時間の窓はさすがに真っ黒で、その黒は色としての黒じゃなく、「無」としての暗闇。見ていると寂しくなるので、見つめないようにしている。

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