兵士の目、人の目
「いい映画だったな」と感じる時はいつも、
鑑賞後に一言で表せないモヤモヤがある時です。
『みかんの丘』もいい映画でした。
温厚な響のタイトルとは裏腹に、ジョージアとアブハジア間の紛争の中、だんだんと戦地になっていく町に残り続けているエストニア人が主人公のです。
この場所には、イヴォというみかんの箱を作っているおじいさんと、マルガフというみかん農家の二人しか残っていません。
ある日、銃声が鳴り響いた後、二人が音のなった方に向かうと、死んだ兵士達が横たわっていました。奇跡的に生き残っていたのが、敵同士のアハメドとニカ。イヴォ達はこの二人を看病し助けます。
争いが続く中、その四人が同じ屋根の下で暮らす、なんとも張り詰めた内容の映画です。その張り詰めた糸が一瞬緩み、笑い声が聞こえるとその後に銃声が鳴り響く。なかなか平穏な日常はやってきません。
イヴォが助けたふたりは、兵士の目から次第に、人間の目に変わって行きます。
人の目は多くを語ります。
見つめ合っていても、睨んでいるのか、笑っているのか、私たちは相手の目から伝わる言葉を読むことができます。彼らの関係性は目を通じて一部始終語れています。
殺し合いをするときは、襲い掛からなくてはいけないので、人間は恐怖を身にまといます。その力は、人間としての感覚を麻痺させます。
戦争は歴史の中に、あるいはテレビの向こうの出来事に感じてしまっている私に、「平和とは一体何か」投げつけられました。
核兵器は戦争の抑止力として保有しておいた方が良い、という意見があります。確かに抑止力としては有効なのかもしれませんが、それでは世界に恐怖のタネを一個蒔いたことにすぎず、本用の意味での平和は訪れません。
恐怖に囚われたとき、相手を理解しようという思考は働きません。
では、本当の意味の平和とはなにか。
それは、この映画を通じてイヴォが教えてくれるのです。
人間として生きることはこんなにも暖かく幸せなことだと感じます。