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庭、あるいは保坂和志論②

二〇二二年四月二十九日(金・祝) すごく雨  もう長いこと、日記を書けてなかった。ひさしぶりにこの青いノートを開いてみると最後のページは、今日と同じ四月二十九日の日記だった。ちょうど一年前の。すごく忙しかったわけでも日記を書くのが嫌になったわけでもなかった。でもいつのまにか中断してしまっていた日記を再開するには何か理由のようなものが必要な気がして、今日は一日じゅう強い雨がずっと降っていて、たぶんこの一年間で私はさびしいという気持ちを一度も抱いたことがなかったんだ。それはとて

消えない〈へこみ〉

 日常的に短歌を読む人の多くは日常的に短歌を詠む人だ、ということが短歌の世界ではよく言われる。「読むけど詠まない人」のことを指して純粋読者という言葉が使われることもある。テレビ番組を観る人のほとんどがテレビ番組を作らないように、小説を読む人の多くが小説を書かないように、純粋消費者の占める割合はふつう、そのジャンルの(市場)規模が大きいほど高くなる。とはいえ、他人の詠んだ短歌にまったく触れずに自ら短歌を作りはじめる人がほとんど存在しないであろうことを考えれば、どんな歌人もかつて