8.「音楽空間」への入口
前回の記事を少し振り返ります。
このような経験を通して私は、心の動きを音として実体化させるのには、それまでとは別の角度からの取り組みが必要だと気づかされました。
それまでの私は漠然と、指さえ動けば自分の心の動きなど、自然に音に表れてくるものだと錯覚していたようです。
ではどこから始めてゆけばよいのでしょうか?
ここでもその扉を開くのは、自分自身との対話なのだと思います。
曲との対話
まずこれからある曲を思い浮かべ、その曲を演奏する喜びを体験したいと望むとします。
そこでその曲に対する自分の反応を考えてみましょう。
1. 音響やリズムへの感覚的な反応
2. メロディーやコード進行、リズムから受ける印象・心象の反応
3. 感情の反応
4. メロディーやコード進行、リズムのかたちと進行への理解、
そして曲の全体像への理解
5. その曲全体を通して惹き付けられる魅力と、それに対する反応と理解
それぞれの項についてさらに細かく考えれば、いくらでも書き続けられるでしょうが、このマガジンではそこは掘り下げません。
強調したいのは、それらの自分自身の反応に意識を傾けることです。
そこで得たものが、実際に演奏する際の基礎になります。ただしそれは、あくまで曲の理解の入口です。そこから先は演奏という体験性の世界になります。
曲は単に聴いているだけの時と、実際に演奏する側に立つのとでは、まるで次元が異なります。
遠くから眺める山がどんなに美しくても、それを登るとなるとまるで別の体験であるのと一緒です。その山を登り切った時、そこから見渡される世界は、眺めているだけでは味わいようのないものでしょう。
2.演奏に取り組む準備
ではここで武満徹さんのギターのための十二の歌より、イエスタデイの楽譜を例として見てみましょう。
楽譜の一つの段に多くの強弱、速度、アーティキュレーションなどの記号が書き込まれています。私は見落とさないよう、マーカーで色付けしてイメージとして直感的に感じ取れるようにしています。
ここに書き込まれた指示は、演奏者を強制し自由を奪うためのものではありません。その指示に意識を傾け、丹念に読んでゆくと、旋律のイントネーションや緩急、響きの広がりなど、驚く程の可能性に気づかされることになります。
しかし作業はそこに止まりません。
そこから得た理解を、今度は身体の動きに落とし込む作業が始まります。
心の動きが音楽としてかたちをとるためには、実際このように細やかな音の動きへの理解を深めつつ、それを身体の動き・指の動きを通して実体化させる必要があります。
私の場合、それは主に楽譜との対話の中でやる作業です。音楽を感じ取り、思考し、経験する作業なのです。楽譜は音を覚えれば終わりではなく、沢山の輝きを秘めた宝の山です。
そして前回までに記してきた意識という観点で語るなら、その意識を思考、感受性、感情の領域で活発にはたらかせ、更にそれを身体に結びつけるために用いる必要があるのです。
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