You can do itという拒絶反応
奈良県の小学校で起きたこのニュース。児童がノートを通じていじめや命を絶ちたいと示唆。すると、担任は花マルを付けて返却。その上
You can do it!
ファイト!
とメッセージを添えたことが大問題になった。児童は適応障がいと診断されたとのこと。
元気出してほしいという願いはあるとは思うが、このシーンで使うのは大外れだと僕は思う。自尊感情が低いとポジティブ言葉でむしろパニックになるし、拒絶反応をもたらす。僕もそんな似たようなことがあった。
頭真っ白
X(ツイッター)上でたくさん自己否定のつぶやきを連投していると中学の同級生からDMが来た。それを見ると
元気出してこーや
という言葉。この言葉を見た僕は頭が真っ白になったのを覚えている。この言葉に返答することはなかった。一種の拒絶反応はあったし、送り主は成人式で雑なイジりをしてきて食欲が落ちてしまった原因の人物でもあった。
こいつに話したら、また熱苦しいのが吹っかけられそうやな。
と潜在意識が勘付いてたのかも。それ以来一切関わらなくなった。
元気のなさに救われた
高校時代に音楽をたくさん聴いていた僕。しかし、落ち込んでしまうと元気のある曲の多くは拒絶反応して聴きたくなくなってしまう。
そういうときに支えになった「Suck a Stew Dry」。元気を出す気はなくて、ボロボロになった心に寄り添ってほしいと思ってしまう。こういう曲に出会えて、音楽好きが加速していった感はある。
話すならこういう先生
中学のとき、フケのことや下手なイジりで傷ついていた。相談したら、今回の件とは真逆だった。中1のときの先生はボケたがりなムードメーカー。そんな人でもこのときだけは違った。真剣に考えてホームルームで名前を上げずに優しく諭していたことを覚えている。
さらには現場を目撃した国語の先生が強く怒ったことも印象に残ってる。この先生は中3で担任になって、優しさと厳しさの緩急と卒業文集で一人一人どんな人でも良いところを見つける上手さがあった。
全てがこういう先生ならばもっと多くの人が救われることなのになぁ
と思う。ただ、そうもいかないのが人間というものだし、僕も怒られるの拒絶しまくったのは後悔している。
落ち込みやすい人、いじめや虐待などで否定ばかり食らった人にとって、あの担任のようなマインドは拒絶反応になりやすいし、適応障がいになるのは「そらそうよ」と思ってしまう。担任曰く「花マルを付けて欲しがってた」そうだが、
本当のところはどうなんやろ?
ストリートミュージシャンの投げ銭のような感覚でお気軽にどうぞ。