【僕ヤバ感想】Karte.85 山田は僕が好き
卒業。成長するにつれて、人は心に鎧をまとったり脱いでみたり。そして自分だけではなく他の人も同じように鎧を持っている、と気づいた時にまた一つ成長するのかもしれない。
今回めちゃくちゃ直球なタイトルだけど、そこに至るまでの描写が細やかで、みんな優しい。
前にナンパイが出てきた時に、私はこんなこと書いてた。今になってもやっぱり、ナンパイも「ナンパ」という鎧をまとっていたのだと思う。
小学校から中学、あるいは中学から高校、さらにはその先…と、身を置く場が変わる時に、がらっと雰囲気が変わっちゃう人がいる。で、「あいつ、前はあんなやつじゃなかったのに」と不思議がられたりする。市川だって、同じ小学校出身の人からは「小学生の時と今(中二ね)、ぜんぜん違う!」と面と向かって言われなくとも、影で言われているかもしれない。
熱心に打ち込んでいたことが、努力だけでは穴埋め出来ないことでその道を諦めざるを得なくなったとき、そりゃいろいろ見失うよね。スポーツでそこまで優秀だったら、大幅な進路変更すら発生しちゃうし。身近なことで言えばスポーツ推薦での高校進学の夢はなくなっちゃって、受験方式を切り替えることまで起き、大きなことで言えば人生の夢すら失った(と思い込む)。実際の中学3年にとっては大きな出来事だ。
ナンパイは、市川の送辞が「響いた」と言い、市川はそれは心にもないことだと思っているけど、ナンパイが言ったことは本音ではないかな。
(現時点における)ナンパイの辛さは、言い方や相手の先入観(こいつはチャラい、などといったやつ)もあって、本音を言ってもそれが本心からと受け取ってもらえないことがあることかもしれない。
山田が今回すごいのは、きちんと相手を見て、相手の話をしたということ。きっと市川の送辞がリフレインして山田の中で響いている。
そりゃナンパイ、自分とサッカーの関係をきちんと見てもらえていたら感動してしまうだろう。山田はナンパイとサッカーの関係をそこまで知らないにしても。
(私はずっと、山田が「美人だけどちょっと抜けた子」であるのは、あえて自分に隙を作ることで、背も高くて美人で話がけづらいけど、実は親しみやすいんだよ…という印象を与えるための、山田なりの「鎧」かもしれない、と思っている。ほんとは山田はナンパイのサッカーを見ていたように、こうやって周りのことをよく見て、とっつきにくい美人、という印象を与えないために装っているのではないか、と。しっかり見ていなければわかりにくい市川の優しさにだって気づかなかったかもしれない)
山田が相手の話をきちんと聞こうとしたから、ナンパイも誠実であろうとする。それが結局、恋愛としては残念なこととはなるけれど、ナンパイもそんなのはわかってたことであって、最後に自分自身にケリを付けたかったのだろう。
ただ、山田のことを「才能」としか言えないのが、ナンパイの限界なのかなと思う。でも告白しようとしてテンパっちゃってきちんと伝えられなかっただけかも。まだ15歳の子に、しかも学年が違って接点がなかったのにそこまで山田のことをきちんと把握しろというのは酷だ。
市川は今回口を出さない。それは山田が市川の送辞本番直前で「頑張れ」とは言わなかったことと通じる。けんたろうを渡し、そしてけんたろうでふさがった山田の手。
市川から受け取ったけんたろうを、両手でしっかり大事に包み込む。その行動は実に比喩的だ。
もちろん今回は、山田が鼻血を出したときのシーンと対になる。山田の涙を見て市川も涙を流すのも一緒だけど、その頃とは比較にならないほど二人の心は成長していた。その上で、市川が山田の気持ちに共鳴することは今でも変わらない。
ちゃんとけじめを付け、そして最後までチャラさを装ったナンパイもいいし(この最後のチャラさはナンパイの優しさだろう)、ナンパイの「式」の場を守ってあげた間宮センパイも優しい。間宮センパイは、ナンパイのつらさを見てきたからこそ、恋敵(?)への告白を止めなかったんだろうし、どこかでナンパイの傷が癒えることを祈っていたのかもしれない。さらには「ナンパ」の鎧にも気づいていたかもしれない。萌子は今回みんなの心の声を代弁してくれる役割かな。
みんなが保健室の外(文字通り蚊帳の外だ)でわいわいやっている時に山だと市川がどうしていたかはわからないけれど、それを推測で書くのは野暮だよね。この想像の余地こそが、いい。
ヒンズーの教えだとか、ジェームズの格言とか、あるいは松井秀喜の座右の銘とか、出典ははっきり突き止められないけれど、次の言葉がある。
心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。
市川もナンパイも(もしかしたら山田や他の人々も)、過去に受験の失敗やスポーツの挫折など辛いことがあって心が変わってしまって行動が変わったけれど、それぞれまた心が変わって自分で歩いていこうとしている。
卒業。みんながそれぞれ古い鎧を脱ぎ捨てた。
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