不器用物語~努力で何とかならないもの②~
ただ時間をかけて量をこなす、という努力で勉強も運動も何とかやってこられました。
もちろん、生きる上においては努力してもどうにもならない事はたくさんあります。何かを習得すると言う事においては、ただ時間をかけて人の倍以上量をこなす、という最も非効率的で不器用な努力でも、何とか切り抜けて来られました。
でも、そんな私の目の前に立ちはだかったギター。
余りにも出来なさ過ぎて「ギターは才能のあるヒトしか弾けない楽器なんじゃなかろうか?」と思ったりもしました。
バンド結成時はドラムとベースとギターの3人しかいなかった私達も結成から遅れる事約3か月、無事にボーカルが見つかり日本人女性4人でのバンドができたのですが、とにかく全員めちゃめちゃマジメでした。
久々のバンド活動はとても楽しく幸せでしたが、ただ皆で音鳴らそうぜ的な気軽な空気は全くなく、お酒を飲みながら、何かをつまみながら、という事もなく、飲み物さえも各自用意した水を口にするだけで毎回本番さながらに立ち尽くしての2時間ひたすら演奏するという練習を重ねていました。
そんなある日、スタジオ練習でバンマス(バンドのリーダー)が急にゲストを連れてきました。ゲスト(仮にVさん)は自分も別のバンドでボーカルをしている人でした。
いつもマジメにひたすら課題曲を弾き続けていた私達でしたが、その場に第三者が一人いる、というだけでいつもと全く違う緊迫した空気が漂いました。
たった一人の観客がいるだけで「練習」という空気が完全に吹っ飛びました。下手な音は出せない、そう思いましたが、そもそも誤魔化しようがないヘタクソなのです。ソレナ…(;^ω^)
皆にわかに緊張が高まり、第三者を連れてきた本人さえ、練習を始めるのに躊躇したくらい全員ガチガチでした。
でも何もしないで立っているだけというわけにもいかず、重苦しい空気の中練習を始めました。Vさんはスタジオの端っこで腕組みして帽子を目深にかぶったまま俯いて演奏を聞いていました。皆が無難にこなす中私だけが、つたない聞き苦しい音を出しているような気がしました。
そしてその日、初音合わせの新曲を弾き始めた時、不慣れなのと(私達のレベルにとっては)難しめの曲だったせいか、他の曲とは違う乱れ方をしました。
すると、今まで腕組みしたまま微動だにしなかったVさんが片手をあげて演奏を制止しバンマスを指さして一言「この曲は、アンタや!」と良く通る大きな声でさらえつけるように言いました。
「この曲は」 ?
・・・・・。
「この曲はアンタ」→「でもこの曲以外はアンタじゃない」
=「お前だよ!」
と言われたも同然だと思いました。
バンマスがいきなりVさんを連れてきたのは、普段からギターが余りにヒド過ぎると話していて、どのくらいヒドイか品定めしてもらおうと連れてきたのではないかと感じました。
自分でも、音を追いかけるだけのたどたどしい音だという自覚がありました。流れるようなスムーズさもタメも抑揚も全くないただの音の羅列。
それでもこんな人の口を借りて、こんな遠回りにダメ出しされた事に少なからず傷つきました。
でも反面、いつかこんなヘタクソな私達でも人前でライブするであろう日を思うと、こうして第三者が練習を聞きに来て意見をくれるのはすごくいい方法な気もしました。
今に見てろ。きっと上手くなって見返してやる、と思いました。
スタジオ練習を終えて会計をしていると、その日初めてスタジオのおっちゃんが事務的な会話以外で声を掛けてきました。
「さっき音が聞こえて来たけど、君たち〇〇やるのかい?あれはちょっと長いギターソロがあるからね。良かったらレッスン受けて見るかい?」と私に営業をかけてきたのです。
バンド活動再開当時「弾けるようになるまで弾く」という練習方法しか知らなかった私が一曲仕上げるのにかける時間がとても長く、初音合わせどころか、大半の課題曲はギターソロが仕上がらないのでギターソロ抜きでの練習でした。
バンド経験者とは名ばかりで、その頃はヴィブラートどころか、チョーキング(弦を上《または下》に押し上げてキュイーンという音を出すテク)一つまともに出来なかったのです。
誰の力も借りず自分の努力だけでやってのけたい、という意味不明な野望はありましたが、先ほどVさんが言い放った「この曲は、アンタや!」という辛辣な言葉が耳について離れませんでした。
それは直接私に向けて放たれなかった言葉だけに、ホントに言いたいのは「この曲以外は」ってトコなんでしょう?という思いが頭の中でグルグルしていました。
練習スタジオでギターレッスンが受けられるなんて、こんな渡りに船な話はないと、スグに飛びついた私でした。
後日、私はギターレッスンを受けるのにスタジオへ。
私はおっちゃんが挙げた〇〇という課題曲を教えてくれるものだとばかり思っていましたが、レッスン初日おっちゃんが教えてくれたのは、弾けるようになりたい課題曲でもなければ、楽譜の読み方でもなければ、基本のコードでもありませんでした。
それは・・
それは確かにもっともっともっと基本中の基本。
ではあるのですが、ギターのメンテって修理屋さんがやるもんでしょ、と思っていたので、まさかそこから?!と震撼しながらも感激しました。
ブリッジの高さや位置調整やネック反りの直し方、正しいチューニング、そういう事を教わりました。
二回目のレッスンでは音というのは物が振動する周波数で、周波数にはスタンダードがあって、設定は440Hzが基準、という事に関しての説明でした。
何故なら私のチューナーは441Hzになっていました。いつかの練習でチューニングするのにどこかのボタンを長押ししちゃったな~という心当たりはありましたが、それが周波数を変えていたという事に私は気づけていませんでした。
ぶっちゃけ、440Hzを441Hz基準にしていたところで、言われてみればちょっと音がギラツクかな、くらいの些細な差(?)で、おっちゃんの説明が細かすぎて頭がクラクラしました。
TAB譜で弾くと、どうしても押さえるポジションを暗記するだけになるので、ポジションではなくて、それがどの音なのかきちんと認識できるようになろう、というレッスン。
急がば回れとあるように、渡りに船と飛び乗ったけれども、それは何もスタートからゴールにひとっ飛びできる魔法ではありませんでした。
い、・・・一体いつから課題曲の練習がスタートできるの?!
そして私がただでさえ、ドレミファソ・・とCDEFG・・で混乱する中、おっちゃんは更に自己流でドレミファソラシドを1234・・と表記していました。益々混乱・・・。
でも、おっちゃんが用意してくれた教材がすごい自己流だったので、私もようやく呼び名の違う音は名前なんて何でもいいんだな~という事でようやくCDE・・はドレミ・・の別称なだけなのだと落ち着きます。
こうしてずっと気になりつつも向き合って来なかった「音楽理論」というものにココへ来て逃げ腰ながらも触れることになり(それは未だに中途半端なままですが)上手くなって見返してやりたい気持ちで、自分でも高校時代ただファンとしてのコレクター癖から買った真っ新な音楽理論の本を日本の実家から持ち帰ってきて読み始めます。
(本は内容が高度過ぎてまた混乱するのですが)
このおっちゃんのレッスンを通して、少なくともそれまでめちゃめちゃの指で押さえていたのがきちんと指毎に弾くパーツを分担する事を覚え、フィンガーボード上の音の位置を意識するようになります。
この先も結局道のりは長いのですが、この時点で「ただ闇雲に量をこなす」練習からコードも覚えて少し合理的な練習へと変わっていきます。
でも「練習しても簡単にできないから」こそ未だに夢中でいられるのかなと思っています。