日記のようなお手紙
「海のにおい」と呟くあなたは海のないところで生まれ育った。島を旅先に選んでよかったと早くも満足気な私。
船が私たちを目的地へ運んでくれる。まるで私の輪郭のない不安を溶かすように、船の足跡は拡がっては消えていった。
島の猫がお出迎え。見知らぬ顔が島へ上陸することにはもう慣れっこみたいだ。
民宿で借りた古びた自転車を力一杯漕いでみる。肌を摩る海風が心地よい。トンボともハチとも並走。トンビが空高く飛び回っている。
それぞれフィルムカメラを片手に散策する。美しいと感じる図を前にシャッターを押した。カチッというアナログな音は令和に必要な音だと思う。根拠なんてない。私が好きなだけ。
あなたは、雑草が背ほど伸びた森も虫の飛び交う道も難なく突き進む。戦闘力0の身なりの私は、結局18箇所も蚊に刺されてしまった。対するあなたは無傷。これは他生物に自らの命を分け与えたという善行なのだ、と自分を納得させた。
夜空の星と対岸の街灯が瞬く20時。堤防に腰掛け、お互いの近況について語った。大学時代に2人で行った旅行で、呑気に好きな部首の話なんかをしてた頃が愛おしく思える。そんな私たちの横で猫は自由にお散歩をしていた。生まれ変わるなら全身タトゥーの黒人ラッパーがいいと思っていたが、この島の猫もありかもしれない。
そうして時間はあっという間に過ぎて、帰りの船の時間に。猫はお見送りはしてくれないらしい。徐々に小さくなる島をずっと眺めながら、私たちは再び日常へと運ばれていった。
同じ時間、同じ場所で見た景色。聞こえた音、香った匂い。私たちはこの先も大丈夫だよね、きっと。どうか無理しないで気楽にね、また会う日まで。
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